日没の頃に始まり、ろうそくや灯芯の灯りだけで進められる夜咄(よばなし)の茶事には、しみじみとした趣があります。
今回の実習会では、調理や準備から茶事本番に至るまで、一連の流れをすべて体験させていただきました。
到着すると割烹着を身に着け、まず先生から夜咄の茶事についてのお話を伺います。
夜咄の茶事は「仕上げの茶事」とも呼ばれ、細やかな心配りが求められるそうです。
通常の茶事の道具に加え、灯りの道具や火鉢、手あぶりなども用い、乾燥するこの季節は火の扱いにいっそうの注意が必要です。
食事のときは暗くて手元が見えにくいため、調理の際には特に「口当たり」を大切にし、「湯気の上がった」温かい状態で出すことが求められます。
「夜咄の茶事は、湯気と影を楽しむのです。」
先生のおっしゃった言葉が、強く印象に残りました。
この日の献立は、白子や蕪、鰆などを使った、寒い季節にふさわしい、温かみのある料理でした。
皆さんのてきぱきとした動きに助けられながら、私も微力ながら調理に加わりました。
日没の頃に始まり、ろうそくや灯芯の灯りだけで進められる夜咄(よばなし)の茶事には、しみじみとした趣があります。
今回の実習会では、調理や準備から茶事本番に至るまで、一連の流れをすべて体験させていただきました。
到着すると割烹着を身に着け、まず先生から夜咄の茶事についてのお話を伺います。
夜咄の茶事は「仕上げの茶事」とも呼ばれ、細やかな心配りが求められるそうです。
通常の茶事の道具に加え、灯りの道具や火鉢、手あぶりなども用い、乾燥するこの季節は火の扱いにいっそうの注意が必要です。
食事のときは暗くて手元が見えにくいため、調理の際には特に「口当たり」を大切にし、「湯気の上がった」温かい状態で出すことが求められます。
「夜咄の茶事は、湯気と影を楽しむのです。」
先生のおっしゃった言葉が、強く印象に残りました。
この日の献立は、白子や蕪、鰆などを使った、寒い季節にふさわしい、温かみのある料理でした。
皆さんのてきぱきとした動きに助けられながら、私も微力ながら調理に加わりました。
四時を過ぎると、夜咄の茶事ならではの注意事項について、先生からお話があります。
特有の道具が並ぶ様子を前にすると、その大変さが伝わります。
待合に入ると、ろうそくの灯りが室内をやわらかく照らしていました。
たばこ盆の横には手あぶりが置かれ、ほんのりとした暖かさが伝わってきます。
汲出しをいただき、腰掛待合へと向かいました。
外はすでに真っ暗になっていて、露地行灯と手燭の灯りだけが頼りです。
手燭で足元を照らしながら進む雁行は思いのほか暗く、飛石を踏み外しそうになります。
やがて、湯桶を運び、手燭を持った亭主が迎え付けます。
正客と亭主が手燭を交換して総礼。
闇の中に浮かび上がるその光景は美しく、自然と背筋が伸びる思いでした。
茶室の中は、ろうそくと灯芯の光だけが幽玄の世界を作り出していました。
お軸の文字がぼんやりと浮かび、釜から立ち上る湯気が室内をやさしく包み込みます。
ほのおの影は二重にも三重にも重なり、床や壁に揺らぎを映していました。
微かな灯りの中で懐石料理をいただきます。
漆器の上で美しく揺れる灯りに、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出しました。
料理を口にしたとき、お米の甘さや汁の旨味、白子のとろけるような舌ざわりに、はっとしました。
暗さの中で、味覚が研ぎ澄まされていくのを実感しました。
夢の中にいるような初座は、静かに終わりました。
再び腰掛待合へ向かう頃には、外の寒さはいっそう厳しくなっていました。
しばらくすると、喚鐘の音が聞こえてきました。
カーン、カーンと微かに響く五つの音は、澄んだ夜の空へと、すっと消えてゆきました。
後座の席入りでは、短檠の雀瓦が外され、茶室は初座よりわずかに明るくなっていました。
室内が温かいのは、釜の湯気を壁がたっぷり吸っているからだと、先生の教えを思い出します。
薄暗い幻想的な空間で、亭主の入室を静かに待ちます。
亭主が手前座につき、これから濃茶を頂くまでは、亭主も客も一言も発しない厳粛な時間が流れます。
お点前をされる先生は、ほのおに照らされ幾重もの影を壁に落とし、それがまるで後光のように見えました。
茶室が神聖な場へと変わっていくのを、感じました。
手燭とともに点てていただいたお茶を渡されました。
お茶碗を持つ手から、じんわりと温もりが伝わってきました。
濃茶の後には、続き薄茶をいただき、長い一日の茶事は静かに結びとなります。
夜咄の茶事は、想像していた以上に幽玄で、感動的な体験でした。
「ここで最高のものを学んで、あとは自分の身の丈に合った、自分の茶事をすればいい。」
先生の言葉を思い出します。
夜咄の茶事はまだまだ私には難しい茶事だと感じましたが、この体験を胸に、自分らしく楽しめる茶事を少しずつ見つけていきたいと思いました。