「凪の夢跡」作・演出・出演者
インタビュー
────今回の舞台『凪の夢跡』は、合田基樹さんが作・演出を手がけ、竹野弘識さんが一人芝居に挑まれるスタイルです。まず、なぜこの形を選ばれたのか、お聞かせください。
合田基樹(以下、合田)
「2024年3月に試演会という形で『山椒魚』という公演を行いましたが、それはさらに前の2023年に『飛べない鳥たちよ、』という作品で僕がメガジョッキの本公演に出演したとき、「一人芝居をやってみたいね」という話があったのがきっかけでした。
竹野くんはもともと、自分で脚本を書いて演出して出演するという一人芝居のスタイルを続けていて、「他の人の書いた脚本でやるのも面白いかも」といった話が生まれていきました。その流れで、前回の『山椒魚』では僕が脚本を書いて、演出と出演は竹野くんが担当するという形で実現しました」
────前作は竹野さんが演出も担当されていたのですね。本作は合田さんが演出を担うことになった背景について、もう少し詳しく教えてください。
合田
「理由はいくつかあります。一つは、一人芝居というスタイルが俳優にとって非常に負担が大きく、演技と演出を同時に担うのはかなりハードだという点です。
竹野くん自身が脚本を書いて出演もする場合、演出イメージを持ちながら稽古することができますが、他の誰かが書いた脚本となるとそれは難しくなります。そのサポートとして僕が演出に入ることとなりました。
また、前回の『山椒魚』で自分の書いたものを竹野くんの演出・出演で見させてもらった経験から、「自分でも演出してみたい」「竹野くんの俳優としての魅力を引き出したい」という思いが生まれたのも、今回演出を手がけた理由のひとつです」
────竹野さんに伺います。前回は演出・出演をご自身で担当されましたが、今回は合田さんの演出で演じられるという形です。その違いについてどう感じていますか?
竹野弘識(以下、竹野)
「体感的にはまったく違いますね。自分で演出しながら演じると、主観と客観を行き来しなければならず、それがどうしてもうまくいかないこともあります。自分で自分を見るのは本当に難しい。
今回、合田くんという“目”があることがとても心強いです。僕自身は主観的に芝居を詰めることに集中できるので、その変化はとても大きいです。
また、演出という役割が別にあることで、舞台を“見せる”という視点から少し自由になれて、一層深く作品を追求できている実感があります」
感情の起伏の激しい演劇の中で、あえて“静けさ”を大切にしたい ──合田
────今回の作品『凪の夢跡』というタイトルには、どのような意味が込められているのでしょうか?
合田
「最初は前回の『山椒魚』を改稿して上演しようという話もありました。ただ、打ち合わせを重ねていく中で、竹野くんから「大きく変えてもいいし、完全に新作でもいいよ」というスタンスが伝わってきて、「じゃあ新しく書こう」となりました。
タイトルを考えていたときに、自分の中で「凪」「夢」「足跡」というキーワードが浮かんでいて、それらを組み合わせて『凪の夢跡』というタイトルに決めました。
“凪”は海の波がぴたりと止まる静けさを表す言葉。感情の起伏の激しい演劇の中で、あえて“静けさ”を大切にしたいという思いを込めています。
また、前作『山椒魚』では、VTuberを目指す人物の“将来の夢”を描いていました。僕自身も子どもの頃は夢がありましたが、成長する中で夢は変わっていきました。将来の夢があるからこそ頑張れるときもあれば、夢ゆえに挫折することもあります。その両面を描きたいと思っていました。
“夢”という言葉には“睡眠中に見る夢”という意味もあります。同じ言葉で全く異なる意味を持つこの言葉に惹かれ、両方の“夢”をテーマに据えました。
最後に“足跡”は、自分自身や竹野くんのこれまでの人生を振り返る節目として描いています。共に30歳という年齢を迎えるにあたって、自分たちの歩んできた道を見つめ直す。そんな想いも込めています」
これまで“届かなかった部分”も通っていけるような役者でありたい ──竹野
────本作のモチーフには“鉄道”や“マルチバース”も登場しますね。
合田
「鉄道の“線路”という存在が象徴的だと感じています。人工的な道ですが、分岐があり、枝分かれしていくことがシンプルで分かりやすい。
そして人生も、選択によっていくつもの道に分かれていきます。あの時ああしていれば、AではなくBを選んでいたら、またはCを選んでいたとすれば──という分岐の感覚が年齢と共に実感を伴って強くなってきた気がしていて。その実感が、“マルチバース”というモチーフにも繋がっていきました」
────ここまで作品に込められた背景やテーマをお聞きしてきましたが、竹野さん自身は今回の一人芝居に臨むにあたって、どんなことを表現したいと考えていますか?
竹野
「僕自身の演技スタイルとして、“まっすぐさ”が一つの特徴だと思っていて、それはある意味での“誠実さ”でもあります。自分ではそれが武器だと思ってきました。
でも、今回はそのまっすぐさだけではなく、少し違った方向にもチャレンジしてみたいと感じています。これまでストレートな球ばかり投げてきたところに、変化球のような表現を少しずつ試しながら、稽古に取り組んでいるところです。
また、想像力を絶やさずに舞台に立ちたいと思っています。どうしても台本の“表層”だけを受け取ってしまいがちですが、その裏側まで読み解いて、言葉一つひとつを“実感”をもって発したい。僕自身が及ばない領域については、作者である合田くんに導かれながら、これまで“届かなかった部分”も通っていけるような役者でありたい。そう思いながら、稽古に立っています」
“人間が人間を演じる”という、演劇にしかできない表現を ──合田
────お二人にとって「演劇」とは何か、伺ってもよろしいでしょうか。
竹野
「いま、稽古期間中なんですが、稽古がないときよりも生活習慣が安定していて、すごく健康なんですよね。よく眠れるし、食事も規則的になる。気づけば演劇が生活の一部になっている感覚があります。
公演が終わったらどうなるんだろう、とか、次はどうしよう、という不安もどこかにあります。でもそれって、もう自分にとって演劇が“離れられない存在”になっている証拠なんじゃないかと思っています」
合田
「竹野くんがVTuberなどデジタルな文化も好きな一方で、演劇のような“アナログ”な表現にも深く関わっているのは面白いなと思っています。
演劇は五感をフルに使って、生身の肉体で、その場にいる観客の前でライブで行う、とても原始的な表現です。数千年の歴史があるとも言われるほど、根源的な行為でもあります。
そして、“人間が人間を演じる”という、演劇にしかできない表現も魅力の一つです。自分ではない“他者”を演じることで、人間関係や社会、そして人間そのものへの理解を深めることができる。それが演劇の魅力だと感じています」
────最後に、この作品を通してお客様に伝えたいメッセージをお二人からお願いします。
合田
「まず、竹野くんの一人芝居そのものをぜひ観ていただきたいです。彼は本当に魅力的な俳優で、これまで見たことのない表情や声の響きが、この作品の中で出てくるはずです。
作品としては、僕と同世代、あるいはそれよりも若い方々にとっては、夢を追うときの切実な気持ちや、揺れる感情に共感してもらえる部分があると思います。
そして年上の世代の方々には、『そういう時期、自分にもあったな』と温かい目で見ていただければ嬉しいです。そうやって、それぞれの視点で楽しんでいただけたら何よりです」
竹野
「広島では、一人芝居自体がなかなか珍しい体験だと思います。まずはその“体験”を観に来ていただけたらと思います。
また今回は、高校生以下・25歳以下・一般と、チケットも分けて設定しているので、幅広い方に気軽に観ていただけるようになっています。観劇後は、ぜひ、作品を通して感じたことを聞かせていただきたいです」
────2025年6月 合田基樹・竹野弘識