第1回(2021.6.12)小田垣 孝 氏(九大名誉教授、科教総研)「COVID-19の特徴を理解する」
第2回(2021.7.17)猿山 靖夫 氏(京工繊大名誉教授)「らせん型高分子の構造と運動」
第3回(2021.10.16)大久保 毅 氏(東大・理)「テンソルネットワークによる実空間繰り込み群とその改善」
第4回(2021.12.18)深尾 浩次 氏(立命館大・理工)「高分子のガラス転移とダイナミクス -- 構造との相関 --」
第5回(2022.1.8)福山 真央 氏(東北大・多元物質科学研)「ナノ・マイクロの界面現象を利用した分析化学」
第6回(2022.2.19)吉留 崇 氏(東北大・工)「タンパク質水和の理論研究」
第7回(2022.3.5)横田 宏 氏(理研・数理創造)「高分子結晶化の初期過程の理論研究」
第8回(2022.4.9)茶谷 絵理 氏(神戸大)「アミロイド線維形成の初期に伴うタンパク質の集合・動態」
第9回(2022.5.14)Prof. Shankar Prasad Das (Jawaharlal Nehru University, India) "Coarse-grained equations of continuum models for dynamics of passive and active matter "
第10回(2022.6.11)小田垣 孝 氏(九大名誉教授、科教総研)「協調緩和領域ー歴史と物理」
第11回(2022.7.9)松尾 隆祐 氏(阪大名誉教授)「ゴムの力学熱量効果の高分解能測定とそのデータ解析 」
第12回(2022.8.25)辰巳 創一 氏(京工繊大・工芸)「オリゴマー・ポリマー混合系によるpinning glass 系構築の試み」
第13回(2022.10.8)新屋敷 直木 氏(東海大・理)「水溶液で観測される水の誘電緩和の対称および非対称な広がり」
第14回(2022.11.12)梶原 行夫 氏(広大・先進理工)「液体の熱力学を解釈する新たな枠組み構築の試み~臨界ゆらぎを基軸に据えて~」
第15回(2022.12.17)鳥飼 正志 氏(三重大・工)「結晶の自己組織化の逆問題」
第16回(2023.1.21)坂口 佳史 氏(CROSS)「アモルファスカルコゲナイドの光誘起構造変化」
第17回(2023.2.11)尾嶋 拓 氏(理研)「拡張アンサンブル法を用いたタンパク質―リガンド結合の自由エネルギー解析」
第18回(2023.3.18)須田 礼二 氏(SIQRモデル研究会)「ワクチンが感染者を増やすのか、190ヶ国のデータから見えてきたものーSIQRモデルによる世界の感染動向とワクチン接種状況の検証報告ー」
各講演の概要は以下
講演者:小田垣 孝 氏(九大名誉教授、科教総研)
講演タイトル:COVID-19の特徴を理解する(講演スライド)
講演概要:新型コロナ感染症(COVID-19)には、感染曲線と隔離者数のずれや波状の感染曲線など様々な特徴が見られる。SIQRモデルは、市民を未感染者(S)、感染力のある感染者(I)、隔離された感染者(Q)および回復者(R)に分け、各区分の人数の時間依存性から、このCOVID-19蔓延の特徴を物理的視点から明らかにするものである。SIQRモデルを用いて、感染の特徴や検査・隔離の効果、またワクチンを接種せずにCOVID-19を収束させた国の特徴などについて説明する。
講演者:猿山 靖夫 氏(京工繊大名誉教授)
講演タイトル:らせん型高分子の構造と運動
講演概要:らせんは高分子の代表的な構造である。らせん型高分子の原子位置を表すには、らせん軸を中心とする円筒座標系を用いる方法と、分子を構成している化学結合の結合原子間距離、結合角、および化学結合まわりの回転を表す内部回転角を用いる方法がある。前者は外部座標、後者は内部座標と呼ばれる。外部座標は分子の形態を表すために有効であり、内部座標は分子のエネルギーの構造依存性を表すのに適している。さらに、モノマーから成る離散的らせんに特徴的な、らせん1回転当たりのモノマー数も重要なパラメーターである。講演では、これらの多様な座標およびパラメーターと、らせん型高分子の構造と運動の関係について紹介する。
講演者:大久保 毅 氏(東大・理)
講演タイトル:テンソルネットワークによる実空間繰り込み群とその改善
講演概要:近年、様々な物理現象を小さいテンソルのつながり、テンソルネットワークで表現して解析するテンソルネットワーク法が、発展してきている。本セミナーでは、テンソルネットワーク法の応用例の一つであるテンソル繰り込み群[1]とそれを用いた臨界現象の解析について概略を紹介し、近年の発展として、最近我々が提案した、ボンド重み付きテンソルくり込み群[2]を議論する。
[1] M. Levin and C. P. Nave, Phys. Rev. Lett. 99, 120601 (2007).
[2] D. Adachi, T. Okubo, and S. Todo, arXiv:2011.01679
講演者:深尾 浩次 氏(立命館大・理工)
講演タイトル:高分子のガラス転移とダイナミクス -- 構造との相関 --
講演概要:高分子は、その内部自由度の高さから、時空間に渡る広い階層構造を有し、構造とダイナミクスが複雑な相関を持つ系として、これまでに多くの実験的な研究がなされている。今回の講演では、いくつかの特徴ある構造を有する高分子系に対して、誘電緩和を中心とする測定を通して、ガラス転移ダイナミクスと構造の相関の具体的な例を示したい。1つ目は、フマル酸系高分子である。この系は、主鎖の炭素骨格に、バルキーな側鎖がCH2基を挟まずに連続して付いており、主鎖周りの回転が抑制された構造を持っている。それゆえに、ダイナミクスは制約を受け、ガラス転移挙動も大きく影響を受けることが期待される。この系に対する誘電緩和の結果を中心に、ダイナミクスと構造の相関を議論したい。2つ目は、ポリアルキルスチレン系高分子である。この系は、汎用性の極めて高い高分子であるポリスチレンの側鎖のベンゼン環に鎖長の異なるアルキル鎖が付いたものである。側鎖のアルキル鎖長を変化させるとガラス転移温度が劇的に変化することが知られている。その際のダイナミクスの変化を誘電緩和測定を用いて調べたので、その結果を紹介したい。以上の2つの具体的な例を通して、高分子のガラス転移に関して、構造との相関が議論できればと考えている。
なお、本研究の前半は、大阪府大松本研究室、後半は、名古屋大学高野研究室との共同研究である。
講演者:福山 真央 氏(東北大・多元物質科学研)
講演タイトル:ナノ・マイクロの界面現象を利用した分析化学
講演概要:ナノメートルサイズの空間に閉じ込められた溶液は、バルクのものと異なる物性を示すことは広く知られている。我々は、逆ミセル中の水の構造が逆ミセルへの分子輸送に与える影響や、100 nm - 1 μmのサイズ域で液液相分離したタンパク質からのアミロイド核生成に興味を持っており、マイクロ流体を利用した溶液化学的な実験手法によりこれらの物性の解析を行っている。また、応用の観点では、分析化学的応用を目指しており、逆ミセル中の水の特性を利用したマイクロメートルサイズの水滴内での微量分析操作を開発してきた。本発表では、以下のトピックについて話をしたいと思う。
・自然乳化における逆ミセル間分子輸送 現象論と分析応用
・細胞内液液相分離のサイズ相関について
第6回
講演者:吉留 崇 氏(東北大・工)
日時:2022/2/19(土)10:00-12:00
講演タイトル:タンパク質水和の理論研究
講演概要:タンパク質は、生理的条件下の水溶液中で天然構造に折り畳み、機能を発現する。このため、タンパク質の物性を研究する際、水を顕に考慮する必要がある。本講演では、我々の水和に着目したタンパク質の研究の内、以下の2つについて紹介する。
(1) タンパク質折り畳みと変性が、水の並進エントロピーの観点から統一的に理解出来ること。
(2) 創薬への応用に向けた、深層学習を用いた水和分布予測法の提案。
既存の手法(分子動力学法や溶液理論)の1/1000の計算時間で、タンパク質周りの水和分布を計算することが可能になった。
講演者:横田 宏 氏(理研・数理創造)
講演タイトル:高分子結晶化の初期過程の理論研究
講演概要:高分子溶融体やガラスからの結晶化は、段階的に進むことが知られてる。最初期 (誘導期)には、配向がそろった高密度領域が現れ、そのあとに結晶核と呼ばれる小さい結晶が生成(核生成)し、これらが成長する。本公演では、誘導期における高密度領域生成の理論と核生成の理論について紹介する。誘導期においては、spinodal分解によって高密度領域が現れうることが実験やシミュレーションから示唆されているが、その条件は未解明のままであった。我々は、剛直性を持つ高分子のモデル化を行い、乱雑位相近似を用いて、spinodal分解が現れる条件を明らかにした。さらに、従来の核生成の理論としては、LauritzenとHoffman による高分子の古典核生成理論が知られているが、この理論の中にはコンフォメーションの効果が明示的には含まれていない。我々は、この理論を改良して、コンフォメーションの効果を明示的に取り入れた核生成理論を構築し、その影響を見積もった。本公演では、これらのモデルの詳細とその結果について紹介する予定である。
第8回
講演者:茶谷 絵理 氏(神戸大)
日時:2022/4/9(土)10:00-12:00
講演タイトル:アミロイド線維形成の初期に伴うタンパク質の集合・動態
講演概要:アミロイド線維は、アミロイドーシスや神経変性疾患に関わるタンパク質の凝集体の一種である。内部にクロスβ構造という秩序だった構造を持つため、その形成機構は結晶化に良く似ており、反応初期には核形成を示唆する誘導期が見られる。
我々は、アミロイド線維が形成するまでのタンパク質分子の集合や秩序化のメカニズムを解明するために、反応初期に生成する集合体を捕捉し観察することを試みてきた。本セミナーでは、これまでに確認されたアミロイド線維に比べて会合数が小さく構造も未熟な集合体の特徴とその形成過程を紹介し、アミロイド核形成のメカニズムを議論したいと思う。
講演者:Prof. Shankar Prasad Das (Jawaharlal Nehru University, India)
講演タイトル:Coarse-grained equations of continuum models for dynamics of passive and active matter
講演概要:The time evolution of strongly interacting passive systems like a dense the liquid is described with coarse-grained descriptions of a many-particle system. The equations of fluctuating non- linear hydrodynamics (FNH) have been used to study nonlocal and non-linear effects in liquids arising from strong density fluctuations. Similar equations of FNH have also been used to look into self-propelled systems like flocking. In the present talk, we will discuss how these equations of continuum models are obtained starting from a statistical mechanical description of the system of passive and active elements.
第10回
講演者:小田垣 孝 氏(九大名誉教授、科教総研)
日時:2022/6/11(土)10:00-12:00
講演タイトル:協調緩和領域ー歴史と物理
講演概要:動的性質(緩和時間)と熱力学的性質(構造エントロピー)を関係づけるAdam-Gibbsの関係式は、過冷却液体の性質の説明の中で最もよく用いられる式である。Adam-Gibbsの関係式は、協調緩和領域(CRR)の大きさと構造エントロピーを関係づけて導かれるが、これらの量の定義の曖昧さから様々な解釈が行われ、それぞれの解釈に従って求められたCRRの大きさは、数個から数100個にまで広がっている。
この講演では、協調緩和領域に関する様々な考え方を概観した後、最近提案した自由エネルギーランドスケープに基づく新しい解釈(1)を紹介し、この解釈に基づいてCRRの様々な物理的描像の評価を行う。
(1) T. Odagaki, J. Phys. Soc. Jpn. 91, 043602 (2022).
講演者:松尾 隆祐 氏(阪大名誉教授)
講演タイトル:ゴムの力学熱量効果の高分解能測定とそのデータ解析
講演概要:一般に物質のエントロピーは温度と外場に依存して変わります.そのため等温条件下に外場を変化させると物質は熱を放出あるいは吸収します.前者は外場によってエントロピーが減少する系,後者は外場によってエントロピーが増加する系の応答です.同じ外場変化を断熱可逆条件下に行うと,前者の物質では温度が上昇し,後者では下降します.力学熱量効果は,外場として,張力,圧力,ずり応力などをとる場合を言います.電気熱量効果,磁気熱量効果も同様に言い表すことができます.
力学熱量効果の観点からゴムが興味深い物質であるのは,それが非常に大きい変形にもほぼ可逆的に応答するからです.この特性は長鎖高分子のコンフォーメーション変化がゴムの変形を担っていることに由来し,エントロピーはコンフォーメーションの無秩序性と直接結びついています.この研究では,エントロピー変化を断熱変化にともなう温度変化として捉えました.
近年,ディジタルマルチメーターやディジタルフォースゲージなどが発達し,パソコンと組み合わせることによって力と変形と温度変化を同時に高速に測定できるようになりました.これは断熱測定が求める速い変化が実際に出来ることを意味しています.このセミナーでは日本ゴム協会誌2022年7月号(予定)「天然ゴムの力学熱量効果の高分解能測定」(松尾隆祐,鈴木 晴,高城大輔)にもとづいて,最近の実験結果とその解析で得られたことを紹介します.
主な結果は以下の通りです.(1)力学熱量効果には正と負の成分があり,変形に対する依存性の違いからそれらを分離することができる.(2)個々の試料ゴムについて,応力とエントロピー変化のそれぞれから,独立に,同じ意味を持つ物性パラメーターを決定し,それらを論じることができる.(3)ゴムの内部エネルギーを構成するエントロピー項と力学仕事項を独立に測定できる.天然ゴムやシリコンゴムでは,加えた力学仕事より放出される熱は少ない.加えた仕事を越える熱量が現れるゴム材もある.これはもちろんエネルギー保存則に反しない.(4)多くのゴム材の伸縮には少しだけ(数パーセントの)不可逆的エネルギー散逸がともなう.
時間が許せは,ゴムのずり変形に伴う力学熱量効果の測定とPETなどのプラスティックの座屈に伴う力学熱量効果の測定について報告します.ずり変形においては上記(1)で述べた負の力学熱量効果が生じないことが分り,興味が惹かれるところです.プラスティックの座屈では湾曲面の内外で逆の温度変化が測定されます.
第12回
講演者:辰巳 創一 氏(京工繊大・工芸)
日時:2022/8/25(木)13:00-15:00
講演タイトル:オリゴマー・ポリマー混合系によるpinning glass 系構築の試み
講演概要:液体を結晶化させること無く急冷すると粘度が急激に増加し,ある温度で緩和時間が実験的に観測可能な時間スケールを超え,ガラス状態へ遷移する.このガラス転移は微視的な相互作用の違いを超え,分子系,溶液,液晶,高分子,アモルファス金属など多くの系で観察され,その普遍性ゆえに多くの研究者の興味を引き続けている.このガラス転移について,ある種の熱力学転移の一部として捉え,さらに低温でいわゆる"理想ガラス"へ転移する,として理解する立場がある.古くはAdam-Gibbs理論から始まり,最近ではランダム一次転移理論がこうした立場の代表格だが,こうした枠組みにおいて,理想ガラス状態では,緩和時間の他に,特に相関長の発散が予想されている.しかしながら,この相関長の上昇は実験可能な範囲では精々一桁程度で,ガラス転移に関わる実験的な研究につきものの,山の裾の形から山の形を再現する困難さがある.こうしたガラス転移への実験的なアプローチとしては,ガラス系の普遍性に積極的に着目し,ガラス特有の性質を系の構成物質の分子量や,相互作用の変化で分類し,整理することが有効である.こうした手法において,着目する物理量以外は出来る限り揃えることが望ましい.ここで,本研究は,オリゴマーとポリマーの混合系のガラス転移を調べることを目的としている.オリゴマーとポリマーを構成するモノマーは同一ものを使用するので,系の有する微視的な相互作用は全く同一と見做すことが出来る.それにも関わらず,幾何的な拘束のために,オリゴマーとポリマーの有するガラス転移温度は大きくかけはなれている,という系が実現される.つまり,系を支配するパラメータはオリゴマーとポリマーの混合比のみ,という理想化された系が実現されている.講演では,最近我々が行った,α-methyl-styreneのダイマーとポリマーの混合系について,ダイマーに着目した,ガラス転移点での協同性と,フラジリティのポリマー濃度依存性について紹介したい.特筆すべきこととして,ポリマー濃度20 wt% 程度を境に,協同性は下がり,フラジリティは小さくなる,という振る舞いを発見した.これは低濃度側での,Strongな振る舞いから,高濃度側でのfragile な振る舞いへの遷移を示している[1].こうした振る舞いは,我々は近年提唱されているpinning系との関連で理解できるのではないかと考えている.この手法は元々は理論的に導入されたもので,pinning系において,十分に過冷却した液体の一部の粒子を不動化(pin)することによって,系の局所的なエントロピーを実効的に削減し,理想ガラス状態を実現する手法であるが,pin濃度の増加とともに,モデルの設定によるが,10-20 %程度のpin濃度で理想ガラス転移が消失することが報告されている.オリゴマー・ポリマー混合系と,pinning系は系の有する微視的な相互作用の同一性など,類似性があり,我々の実験結果と,pinning系との関連についても議論したい.
[1] Kikumoto et al., arXiv:2003.06089, https://arxiv.org/abs/2003.06089
講演者:新屋敷 直木 氏(東海大・理)
講演タイトル:水溶液で観測される水の誘電緩和の対称および非対称な広がり
講演概要:誘電緩和は分子運動に関する現象をメガ秒からピコ秒以下の広い時間域で観測することができる。観測方法としては新しくないが、その広い時間域を活用して液体からガラス状態までの分子運動を同一の物理量で連続的に観測できる手段として有効である。誘電緩和は、緩和時間、緩和強度、緩和の広がりによって特徴づけられるが、本講演では様々な水溶液で観測された水の誘電緩和の広がりの形に焦点を絞って紹介する。純水の誘電緩和は広がりを持たない単一緩和時間で与えられるデバイ型の緩和であるが、室温付近の液体状態の水溶液で観測される水の緩和の形は、溶質分子のサイズによって異なる。分子サイズの小さい物質の水溶液の水の緩和は誘電損失ピークに対し高周波側が広がり、分子サイズの大きな物質の水溶液では対称に広がる。一方、溶質濃度が高い水溶液は低温でも氷結せずにガラス状態になり、ガラス転移温度付近では水の緩和やガラス転移をもたらす分子運動に起因するα緩和が観測される。ガラス転移温度近傍のこれらの緩和と液体状態の水溶液で観測される緩和の対称/非対称な形の関係について説明する。
第14回
講演者:梶原 行夫 氏(広大・先進理工)
日時:2022/11/12(土)10:00-11:30
講演タイトル:液体の熱力学を解釈する新たな枠組み構築の試み~臨界ゆらぎを基軸に据えて~
講演概要:液体の比熱はどう理解すればよいのか?物質の比熱に関しては、「1自由度について0.5R(R:気体定数)の比熱を有する」というエネルギー等分配則が大前提としてある。単原子分子気体の定積比熱Cvは1.5R、2原子分子気体であれば2.5R、また単元素の固体では3R(デュロン=プティ則)、いずれも物質系を超えて普遍的に「自由度」によって解釈されている。では液体の場合はどうか。液体は気体や固体よりも大きな比熱を有するが、これは様々な"configuration"を取り得ることから、固体や気体と比較して余剰の自由度を持っているものとして説明が成されている。ただ、どのような"configuration"がどの程度比熱に寄与しているのかは、正直なところ不明瞭と言わざるをえないのではないだろうか。
ところが、液体(流体)の水の比熱Cvの広範囲の温度圧力依存性を眺めてみると、シンプルな事実に気づく。二つの山状の増大が見られ、これらが水の比熱の変化を特徴づけている。このうち高温域のものは液体-気体相転移臨界点を頂上としており、明らかに液体-気体相転移臨界ゆらぎによるものである。相転移に伴う臨界ゆらぎが比熱を増大させることは、統計力学の教科書に記述されている基礎的な概念である。またもう一方低温域のものは、低圧過冷却域を頂上とするような広がりを見せており、これを(過冷却域に臨界点が存在すると予想されている)液体-液体相転移に伴う臨界ゆらぎによるものと認識するのは妥当と考えられる。重要なのは、この広がりが過冷却域のみではなく、実に広範囲の実在液体領域に広がっている事実である。つまりこれら二つの相転移に伴う臨界ゆらぎを、"configuration"の実体として、液体の比熱を解釈する枠組みを構築することが可能になる。
講演では、我々が行った水の「動的ゆらぎ」の実験結果を示しつつ、今回提案する枠組みを紹介したい。液体-液体相転移の臨界ゆらぎについては、液体-気体相転移のそれとは異なる点がいくつかあり、それらを整理して議論することが重要となっている。本枠組みは、ガラス転移液体を含む不規則系物質の統一概念を最終目標としており、今後の展望についても語りたい。
講演者:鳥飼 正志 氏(三重大・工)
講演タイトル:結晶化の自己組織化の逆問題
講演概要:原子、分子やコロイドといった微粒子が集合した多体系では、構成粒子間の相互作用によって巨視的な構造が自発的に形成される。粒子間相互作用ポテンシャルの関数形および熱力学パラメータに応じて、形成される巨視的構造は異なる。粒子間相互作用ポテンシャルが与えられたときその多体系で形成される巨視的構造を求めるには、分子シミュレーションを実行して形成される構造を観察する、あるいは構造の自由エネルギーを求める密度汎関数法などの理論を用いて安定な構造を決定するといった方法がある。このような相互作用ポテンシャルから巨視的構造を求める問題を順問題として、本研究ではその逆問題、つまり与えられた巨視的構造を自発的に形成しうるような粒子間相互作用ポテンシャルを求める問題を考える。本講演では、自己組織化の逆問題の解法として密度汎関数理論を応用した手法を紹介し、この手法を二次元および三次元の結晶構造に適用した結果を示す。
第16回
講演者:坂口 佳史 氏(CROSS)
日時:2023/1/21(土)10:00-11:30
講演タイトル:アモルファスカルコゲナイドの光誘起構造変化
講演概要:周期律表酸素族で酸素の下に位置するイオウ、セレン、テルルはカルコゲンと呼ばれ、これらを含む化合物はカルコゲナイドと呼ばれる。カルコゲナイドではカルコゲン周りの二配位共有結合によるネットワークが形成され、ガラス形成能が高い他、結合に参与しない孤立対電子を有し、孤立対電子の熱的もしくは光励起によりネットワーク構造の組み換えが容易に生じるという特徴を有する。アモルファスカルコゲナイドの光黒化現象はその代表的な例であり、孤立対電子の光励起で局所構造が変わることによって生じると考えられている。しかしながら、結晶と違い、“乱れた”構造を有しているため、どのような構造からどのような構造に変化したのかを同定することは難しく、その発見から半世紀が過ぎた今もそのメカニズムは謎であり続けている。そのような中、我々はナノ秒パルスレーザー光を用い、ナノ秒レベルの光照射直後から数十分に及ぶ非常に広い時間スケールにわたる構造変化に関わる光応答を調べることに成功し、光黒化が示す局所構造変化を理解するための重要な知見を得ることができた。本講演では、 “光黒化”という形で“乱れた”ガラス特有に現れる構造変化の特徴を、詳細な実験結果をもとに示していきたい。
参考文献(最近のレビュー)
坂口佳史, 「固体物理」Vol. 57 (2022)(1月号)p.45.
講演者:尾嶋 拓 氏(理研)
講演タイトル:拡張アンサンブル法を用いたタンパク質―リガンド結合の自由エネルギー解析
講演概要:タンパク質とリガンドの結合自由エネルギーの予測は計算化学の中心的な課題の一つであり、創薬への応用が長年期待されている。その計算精度向上には、タンパク質とリガンドの構造柔軟性を取り込むことが重要であり、全原子の運動を厳密に取り込める分子動力学(MD)シミュレーション法が用いられるようになってきた。しかし、生体分子の自由エネルギー地形は複雑であり、通常のMDシミュレーションでは状態空間の一部しかサンプリングできず、正確な予測が難しい。近年この困難を克服するために様々な拡張アンサンブル法が提案されている。我々は、サンプリング効率を向上させるために、レプリカ交換MD法を基にした自由エネルギー計算法を開発し、MDシミュレーションソフト「GENESIS」に実装・公開してきた。本講演では、自由エネルギー計算法やGENESISの開発について紹介し、それらを用いたリガンド結合問題への応用について紹介する。
第18回
講演者:須田 礼二 氏(SIQRモデル研究会)
日時:2023/3/18(土)10:00-11:30
講演タイトル:ワクチンが感染者を増やすのか、190ヶ国のデータから見えてきたものーSIQRモデルによる世界の感染動向とワクチン接種状況の検証報告ー
講演概要:本講演では、感染症の新しい物理モデルであるSIQRモデルにより世界のコロナ感染動向を分析するとともに、新ワクチンの接種状況を検証した結果を報告する。当初、新ワクチンは発症と重症化の防止効果はあるが感染防止効果は不明とされており、実際に感染防止にどの程度寄与したかについて検討した。感染期間をワクチンの未接種期間と接種期間に分けて190ヶ国のデータにより考察したところ、世界の感染者数は接種期間で未接種期間の6.8倍に拡大し、大陸ごとにみてもヨーロッパやオセアニアなどで顕著な感染拡大傾向を示すことが分かった。ワクチン接種率合計100%以上で累積感染率10%以上の条件を満たす68ヶ国は全大陸に拡がっており、ブースタ接種開始の数ヶ月後に感染急拡大する国が多くみられた。また、ヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアでは最大感染波のピークは2022年1月中旬に集中していることが判明した。接種率の低いアフリカを除く大陸でほぼ同時期に起きていることから、最大感染波の発生要因にはワクチン接種、特にブースタ接種が大きく関わっていることが推察される。