このページでは, 学生やポスドクの方に向けた, 研究室紹介をします. 私の専門分野は,
Yang-Mills, Seiberg-Witten ゲージ理論とその3, 4次元多様体への応用
です.
以下に簡単に研究の背景・詳細を述べます.
多様体の分類問題は次元によって, その性格が大きく変わることが知られています. 5次元以上の多様体に対して確立された分類理論は4次元ではそのままでは成立せず, 一つの滑らかな4次元多様体を固定しても, 今だにその微分構造を分類しきることは叶っていません. 一方で, ゲージ理論によって部分的に観測できる4次元特有の現象が確かにあり, その可能性を追求することを研究の主軸にしています. 例えば有名な事実として, 4次元ユークリッド空間の微分構造は非加算無限種類あることが示されています. 4次元多様体の研究は微分構造だけではなく, 部分多様体や多様体上の構造に関するもの(Riemann計量やsymplectic構造)など, 多岐に渡ります.
例えば, これまで私が行ってきた4次元多様体の研究は以下の項目に列挙されます:
境界付き4次元多様体の微分構造
4次元多様体の2, 3次元部分多様体(結び目のスライス性, コンコーダンス, 最小種数, 2次元結び目)
4次元多様体の正スカラー曲率計量の存在問題
境界付き4次元多様体上のsymplectic構造, その境界のcontact構造
4次元symplectic多様体の中のsymplectic部分多様体(transverse結び目)
境界付き4次元多様体の族
これらの4次元多様体の研究を以下に説明するゲージ理論を用いて行ってきました.
4次元多様体に対するゲージ理論では, 物理由来の
Yang-Mills, Seiberg-Witten方程式
と呼ばれる非線形変微分方程式の解全体の空間を, ゲージ変換と呼ばれる対称性で割った, 解のモジュライ空間から4次元多様体の情報を得ます. 解のモジュライ空間に有限次元多様体の構造を入れる過程では, 無限次元の幾何が展開されます. それら方程式の解のモジュライ空間の上で適切なコホモロジー類の積分を用いて,
Donaldson不変量, Seiberg-Witten不変量
が定義されています. これらは微分構造の不変量であり, 同相であるが微分同相でないコンパクトな4次元多様体の組みを見つけ出すことができます. この不変量は, あるクラスの滑らかな閉4次元多様体に対して定義されるもので, さらにそれを自然に(滑らかな)境界付き4次元多様体に対する理論として拡張する理論があり, それぞれ
インスタントンFloerホモロジー, モノポールFloerホモロジー
と呼ばれています. これらのFloerホモロジーは無限次元多様体上のあるMorse関数に対するMorseホモロジーをモデルとして構成され, (3+1)-TQFTのような定式化を持ちます. ここでも無限次元の幾何を展開する面白さがあります. これらの概念, およびその変種の研究を行ってきました. また, Seiberg-Witten方程式を用いるモノポールFloerホモロジーにはFloerホモトピー型と呼ばれる精密化があり, (同変)ホモトピー論を駆使した研究も活発に行われています.
Yang-Mills, Seiberg-Wittenゲージ理論(およびFloer理論)の基礎部分は, 大きく分けると微分幾何, 代数トポロジー, 関数解析であり, より具体的には次に列挙されます.
主G束やその上の接続, ホロノミー, 曲率, 平坦接続の分類, 同伴束, 同伴束に誘導される接続, 平坦接続で捻じられたde-Rhamコホモロジー(局所係数付きのコホモロジーの理論), Chern-Weil理論(抽象的な理論と具体的な計算の両方)
ベクトル束の理論の基礎(分類空間・分類写像, 様々な方法での特性類の構成, 障害理論を用いたベクトル束の分類, 位相的K理論を含む, 抽象的な理論と具体的な計算の両方, Bott周期性)
楕円型作用素の解空間を取り扱う解析的手法, Sobolev空間, Rellichの補題, アプリオリ評価, Fredholm作用素の諸性質, Hodge分解定理(境界付きの場合までカバーできると良い), コンパクト自己共役作用素のスペクトル分解定理
スピン幾何(3,4次元の場合), Dirac・Atiyah-Hitchin-Singer作用素, 指数定理の主張・具体例への適用(Atiyah-Patodi-Singerの指数定理), 族の指数の定式化, 切除原理, 局所化定理を用いた計算
Banach多様体間の滑らかなFredholm写像に対する陰関数定理(接空間と族の指数の関係), その状況でのSardの定理
trajectory spaceを用いた(より関数解析的な)Morse複体の構成(Morse関数の取り方に依らないことの証明, cellularホモロジーとの関係, Morse-Bottの場合, 同変Morseホモロジーのいくつかの構成)
加えてそれらのゲージ理論を適用する対象は4次元多様体や3次元多様体となるため, 次に列挙される話題にも関わります(網羅的ではないです):
4次元多様体の基礎, 様々な構成(交差形式, 向き, スピン構造, Kirby計算, 楕円曲面, Lefschetz fibration, 分岐被覆, log変換, Fintushel--Stern 結び目手術, 5次元の手術)
3次元多様体・結び目理論の基礎(Seifert 3次元多様体の分類,手術・分岐被覆による3次元多様体の構成, 2橋結び目・トーラス結び目の分類, 双曲結び目・サテライト結び目・代数的結び目の例, Alenxander・Jones多項式や符号数, 代数的コンコーダンス類, Blanchfield pairingなどの不変量)
4次元多様体の中の2次元部分多様体の構成(divisor, immersed curveのブローアップ, リボンディスク, ツイストスパン, motion picture, surface diagram, rim-surgery), それらに沿った分岐被覆の解析
Legendrian結び目やtransverse結び目の基礎(TB数, self-linking number, Thurston-Bennequin不等式, front projection, braid群を使った表記, quasi-positive surface)
4次元多様体上のsymplectic(Stein)構造の構成(Legendrian手術), 3次元多様体上のcontact構造の手術を用いた表記, transverse結び目の分岐被覆の上のcontact構造, symplectic曲面に対する分岐被覆
3, 4次元有向・スピン同境群の計算
以下はYang-Millsゲージ理論と深く関わる古典的な3次元多様体の不変量であり, その基礎や計算例, 幾何的な意味はYMゲージ理論の基礎と言えます:
ホモロジー3球面のCasson不変量(手術公式, SU(2)-character varietyを使った定式化)
結び目の符号数(traceless SU(2)-character varietyを使った定式化)
Alenxander多項式と結び目のSU(2)-character varietyとの関係
また, Floerホモトピー型と呼ばれるFloerホモロジーの精密化を扱う場合は,
ファイバー束に付随するスペクトル系列を用いた計算(フィルトレーションに付随するスペクトル系列の構成, Yang-Mills理論の基礎やKhovanov理論との関係でも用いる)
安定ホモトピー論(球面の安定ホモトピー群の計算), 同変ホモトピー論(Borsuk–Ulam型の定理, 同変写像の分類理論(Tom-Deickの教科書), 群作用による局所化定理(Sullivan予想の解決))
同変K理論(同変K理論のBott周期性, Thom同型)
を扱えるようになっておくと色んな方向が開けます.
インスタントンFloerホモロジー, モノポールFloerホモロジーは, (symplectic幾何のFloer理論である)Lagrangian交差のFloerホモロジーをモデルとして構成される
symplecticインスタントンFloerホモロジー, Heegaard Floerホモロジー
とも関わっており, 特に同型
モノポールFloer ホモロジー = Heegaard Floer ホモロジー
が知られています. Heegaard Floerホモロジーでは,
結び目のDehn手術のHeegaard Floerホモロジー = 結び目Heegaard Floerホモロジーの部分的情報
という手術公式が確立されており, さらに結び目Heegaard Floerホモロジーに対しては, 計算手法の膨大な蓄積があります. これらの大きな発展によりHeegaard Floerホモロジーは, ゲージ理論のFloerホモロジーに比べその諸性質が詳細に明らかになっています. そのため, Heegaard Floer理論をよく知っていると, ゲージ理論におけるFloer理論の感覚を掴みやすくなります. ゲージ理論におけるFloer理論に対しても, 同様の計算公式は部分的に開発され, それらの枠組みはsutured インスタントン, sutured モノポールFloer理論としてまとめられており, 今も盛んな研究があります.
ゲージ理論における結び目Floer理論(特異インスタントン結び目Floer理論, 同変(orbifold)or実Seiberg-Witten結び目Floer理論)と呼ばれる対象を研究する場合は,
Khovanovホモロジー理論
との間にも深い関係があります. またゲージ理論における結び目や曲面の一つの扱い方として, orbifold理論を使うものがあり, それらを学ぶ場合は,
orbifoldの幾何(計量, 微分形式, ファイバー束のorbifold版), orbifoldコホモロジー(Borel構成との関係), orbifold版の基本群
を知っていると良いです.
上記は私の行ってきた研究であり, 修士・博士課程の学生は, 必ずしも上記に関わる研究をする必要はありません. また, 修士・博士課程でゲージ理論を専攻するためには上記を修士までの間に勉強しておかないといけない, というわけでもありません. 関連する分野に興味を持ち, 私を指導教官にされたい方, PDの応募先にされたい方がいましたら, 一度, 早めに連絡していただけると助かります.