#383 前提とイデオロギー
昨日の論考を受けて、フェアクラフ(2012)の「前提」についての箇所を読み直してみました。
テクストには「That's wonderful!」や「excellent!」のような明示的な評価が含まれることもありますが、多くの評価はむしろ「前提」として提示されます。この前提は暗示性とも深く関わっており、社会的に見ても非常に重要な特性だとされています。
フェアクラフは、次のように指摘しています。
「あらゆる形態の団体、共同体や団結は、共有され、所与のものとみなされうる意味に依存し、また、何らかのそのような『共通の基盤』なしでは、社会的コミュニケーションや社会的相互行為を想像することはできない。他方で、社会的権力、支配およびヘゲモニーを行使する能力には、この『共通の基盤』の性質や内容を、相当な程度まで構築する能力が含まれている。したがって、暗示性と前提が、イデオロギーに関わって、重要な問題となる。」
昨日は言語的な引き金を伴う例を取り上げましたが、前提は必ずしもそうした言語的トリガーを伴うとは限りません。読者自身が持つ知識や、テクストの背景にある価値体系への認識に基づいて解釈することが可能だからです。重要なのは、私たちがその前提を必ずしも受け入れる(同意する)必要はなくとも、存在として認識することはできる点です。
このようにテクストを価値の観点から読み解くプロセスは、価値体系に関する知識や認識に依拠しています。こうした価値体系とそれに結びつく前提は、特定のディスコース群に固有のものとして捉えることができます。一つの特定のディスコースには、何が存在し、何が事実であり、何が可能で必要かといった前提が含まれているのです。
そして、そのように前提とされる意味こそが、特にイデオロギー的な機能を果たします。たとえば、「わが国の若者は、グローバル市場において、職や大学教育をめぐって、このような学生たちと競争しなければならないのである」という文を考えてみます。ここでは「グローバル市場」の存在自体が前提とされているだけでなく、それが「一つの現実である」という前提や「経済発展である」という前提が組み込まれており、いずれもイデオロギー的機能を果たしていると考えることができます。
ただし、ここで注意しておかなければならない点があります。フェアクラフは、単にテクストを観察して前提を抽出し、その証拠のみに基づいてイデオロギー的であるかを判断することはできない、と強調しています。それが実際にイデオロギー的な前提であることを主張するためには、関連する他の命題や信念とともに、それがどのような効果をもたらしているのかという説得力のある議論の展開が必要です。そのためにも、テクスト分析そのものが非常に重要な役割を担うことになります。
参考
フェアクラフ, N. (2012). 『ディスコースを分析する』(日本メディア英語学会メディア英語談話分析研究分科会訳). くろしお出版. (原著『Analysing Discourse: Textual Analysis for Social Research』2003年刊)
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