#365 アメリカのPR史
猪狩(2007)の『広報・パブリックリレーションズ入門』を興味深く読んでいるのですが、今回はその中で学んだPRの歴史について少しまとめてみたいと思います。
現代のパブリックリレーションズ(PR)の源流は19世紀中頃のアメリカにあるというのが定説ですが、アメリカのPRの教科書では、古代ローマ帝国の頃から世論の重要性が認識されていたと述べるものも多いようです。歴史上の権力者は、常に民衆の支持を得るためにさまざまなコミュニケーションテクニックを用いてきたというのは、言われてみれば当然かもしれませんがとても興味深いポイントです。
アメリカのPR史を紐解くと、その根底には「民衆が政治の主人公であり、パブリック・オピニオン(世論)が意思決定の基本であるべきだ」というデモクラシーの考え方があります。その始まりは18世紀の独立戦争において、政治家たちが民衆の参加を促そうとした試みにまで遡ります。その背景には、19世紀にかけて登場した娯楽新聞や『ニューヨーク・タイムズ』のような硬派な論説紙など、マス・コミュニケーションの目覚ましい発展がありました。
さらに、資本家たちの秘密主義を排して情報を開示し社会へ発信すべきだという考えから、アイビー・リーによってPRコンサルタント会社が設立されます。その後、PRの手法を飛躍的に発展させたのは戦争でした。第一次世界大戦中には大統領の要請で「パブリック・インフォメーション委員会」が設立され、24時間体制のプレスリリース配信をはじめ、自前新聞の発行、映画、ポスター、展覧会など、あらゆるメディアを動員した大規模な活動が行われました。
ここで開発された技術は、当初は政治的な世論操作に偏っていましたが、やがて大衆消費社会の形成に大きな役割を果たしていくことになります。第二次世界大戦後、無傷で残ったアメリカの生産設備が民生に向かうと、1950年代には大量生産・大量消費の時代が到来しました。それに伴い、PRやプロパガンダの研究は大衆消費革命を推進するための重要なツールとして活用されるようになっていきます。
こうした流れの中でPRを職業とする人々が増え、専門教育も急速に充実していきました。現在、アメリカでは500以上の大学にPR関連の学部や学科が存在するのに対し、日本では広報・PR関連の講義を行っている大学が約40校にとどまると言われています。
今回はアメリカを中心としたPRの歴史を整理してみました。日本のPR史についても、明日以降のブログで詳しくまとめてみたいと思います。
参考
猪狩誠也(編). (2007). 『広報・パブリックリレーションズ入門』宣伝会議
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