#340 社会語用論について
「社会語用論」について、色々とその名の出る論文を読んでいました。
小野寺(2006)では、「歴史語用論」の分野の成立過程や、守備範囲とする時代区分、研究対象となってきた言語やトピック、さらにはデータの制約などが丁寧にまとめられていました。歴史語用論は、歴史言語学の伝統的な方法論と、語用論において発達してきた方法論を組み合わせることで、歴史的言語データの分析と言語の発達の分析に新たな視点を持って取り組む分野です。そこでは、現在より前の時代のコミュニケーションを、発話行為や含意、ポライトネス、談話標識といった語用論的現象を通じて描写していきます。何よりも「language in use(ことばの使用)」を研究の中心として捉える明確な姿勢が示されているのが印象的でした。
そして、この歴史語用論の説明と地続きになる形で「社会語用論」への言及が登場します。同書では、G. Leechが「協調の原理」や「丁寧さ」などが「文化」「言語社会」「社会的場面」「社会階層」などが違えば「違った形で働く」(池上・河上訳 1987:15)ことに興味を持つ方向性を「社会語用論(Sociopragmatics)」と呼んだ、と紹介されています。その上で、「こうした社会語用論的言語史記述は、より抽象度の高い歴史語用論と重なり合う部分が多く、今日までに相当数の研究が蓄積されている」と言及されており、二つの分野が深く重なり合っていることを確認することができました。
具体的な分析事例に触れてみたいと思い、小林(2003)による「実証的社会語用論」の試みを合わせて読んでみました。
小林(2003)では、日常生活における「依頼」に着目し、2つの場面における言語表現を調査しています。1つ目は「ファミリーレストランで、客が店員にコーヒーのおかわりを依頼する場面」、2つ目は「観光スポットに立ち、他人にカメラのシャッターを依頼される場面」です。集まった表現は、<疑問型A・B>、<要請型A・B>、<ヒント型>、<非言語型>に分類されています。ちなみに、ここで「A」は「〜いただけますか?<疑問型>」「〜ください<>要請型>」といった丁寧体を指し、「B」は「〜くれる?<疑問型>」「おかわり<要請型>」といった普通体を指します。
この調査の結果、コーヒーの依頼では丁寧体を用いた<要請型A>が多く、カメラの依頼では同じ丁寧体でも<疑問型A>が多く使われていることが分かりました。この違いについて小林は、相手の「フェイス」を脅かす行為の程度が、コーヒーのおかわりよりもカメラのシャッター依頼のほうが大きいこと、また、すでに一度店員と接しているコーヒーの場面のほうが、見ず知らずの人に声をかけるカメラの場面よりも「社会的距離が近い」ことと結び付けて論じています。
小林は、こうしたアプローチの意義について次のように述べています。
「従来の語用論の中心的トピックであるグライス流の発話行為論とポライトネス理論の枠組みを用いつつ、あくまで言語使用の実態を記述するという態度で、心理的・社会的生き物である人間が社会というコンテクストで遂行する発話行為のダイナミックでありながら秩序だっているという側面を捉えること」
そして論文の最後は、このような力強い言葉で締めくくられていました。
「従来の理論的・思弁的・内省的、あるいは意識調査的アプローチだけからは見えてこない、実際の人間社会というコンテクストにおいてなされる言語使用、発話行為の動的かつ秩序的側面を捉えて解明していく"実証的社会語用論"と称することのできる研究アプローチの必要性と可能性を多少とも示唆できたように思う」
参考
小野寺 典子 (2006). 「歴史語用論の成立と射程」『語用論研究』8, 69–82.
小林 正佳 (2003). 「スピーチアクトと丁寧表現に関する実証的社会語用論からの一考察」『語用論研究』5, 59–71.
Leech, G. N. (1983). Principles of Pragmatics. London: Longman. [池上 嘉彦・河上 誓作 (訳) (1987). 『語用論』 紀伊國屋書店.]
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