#325 待ってもう7月!?
SNSで見かける「待って」という言葉の使用実態について、落合(2025)の論文を読みました。
この論文を読んだあと、試しに自分のLINEのメッセージ検索をしてみたところ、普段から使っていそうだなと思っていた友人が「待ってやばい」「待ってとりあえずありがとうすぎるけど」「待って本当に死にたすぎる」など、この言葉を多用していることが分かりました。一方で私自身は、その友人とのやり取りの中で1度使っていたものの、普段はあまりこの構文を使用していないようでした。
論文では、LINEのように特定の相手とやり取りをする中での使用よりも、X(旧Twitter)のような明示的な他者がいない場所での方が、より多く確認されているとのことでした。
本来、動詞のいわゆる命令形は他者に行動を促すための形です。そう考えると、誰かに返信するわけでもなく、特定の受け手に向けたわけでもない「待って」がどのような性質を持っているのかというのは、確かに非常に興味深いテーマだと感じます。
この「待って」は、特定の人物像(例えば「腐女子」や「オタク」など)との結びつきが想起される「役割語」としての性質を持つ側面についても言及されています。先ほどの友人との例のように、私が調べる前から「彼女がよく言っているな」と気づいていたのも、こうした性質があるからかもしれません。ただ、近年のSNSでは、そうした特定の人物像にとどまらず、より広く使用されている形式であることも指摘されています。
論文では、主体や対象などを伴わず、送り手自身の言葉として記される単独使用の「待って」「待て」は、他の「見て」「聞いて」よりも多く出現すること、そしてこうした単独使用は文章の冒頭に現れやすいことが明らかにされています。また、これらは「リプライ」よりも「ツイート(ポスト)」に非常に多く用いられているそうです。
さらに「待って+後続文」という形で共起する内容を調べると、その後続文の8割で送り手(書き手)自身の感情や評価が言語的に表されていることが示されています。
これについて落合さんは、「Xの投稿における『待って+後続文』は基本的に、感情・評価を揺さぶる何らかの出来事があり、かつ、それが送り手個人にとって文字通り待ってほしいなどの緊急事態である、ということを表しているものと理解できる」と説明されています。
参考
落合哉人. (2025). 「待って, 本当に最高すぎる」: X (Twitter) における個人的な緊急事態を表す 「待って」. 日本語と日本文学, 71, 55-71.