#320 「あ、はい」の「あ」
音声情報に頼る電話でどのようにターンテイキングが行われているのか気になり、色々と探すうちに、少し当初の疑問からは逸れるのですが、岡本・芳野(1997)の論文を見つけ、興味深く読みました。この論文では、日本語母語話者同士、および非母語話者と母語話者の電話会話における「開始部」と「終結部」を分析し、非母語話者との会話で生じる違和感から、母語話者がどのように談話を管理しているのかを考察しています。
まず会話の「開始部」において、私たちがよく使う「あ、はい」の「あ」には、非常に重要な役割があるそうです。これは、聞こえてきた相手の声を自分の記憶にある声のリストと照合し、「あなただと分かりました」と探り当てたことを言語化して相手に伝えるメタメッセージの役割を果たしています。電話では、お互いが誰であるかを認識できないと会話自体が始まらないため、開始部で自分を提示し、速やかに相手を認定することは極めて重要です。しかし、日本語学習者の会話を見ると、「はい」とだけ答えてしまい、この相手の認定要求にうまく応じられていないケースが見られるといいます。
一方の「終結部」においては、会話を終わりへと導く「じゃ」という談話標識が鍵を握っています。まずは「じゃあ……」と切り出すことで、一度中心となる話題へと回帰し、「もう新しい話題はありません」ということを暗示させます。そして、これをお互いに何度も出し合いながら終結の意向を確認し、共同で会話を終わらせていくのです。熊取谷(1992)によれば、「じゃ」はお互いが終結へのメタメッセージを確認し合い、調整し合って、共同で終結を達成するために利用し合っている重要な談話標識であるとされています。
このように考えると、単なる「はい」という返事だけでは、開始部における相手の認定要求や、終結部における終わりの意図といった、一歩進んだメタメッセージへの同意としては機能しないことが分かります。結果として、会話の流れを滞らせてしまう原因になってしまうのです。日本語学習者は、こうした「あ」「じゃ」「はい」が持つ繊細な機能を十分に理解していないか、あるいは適切に運用できていない可能性があり、それが会話の際にかすかな違和感を生む要因になっているのではないかと指摘されています。
参考
岡本能里子・吉野文(1997)「電話会話における談話管理:日本語母語話者と日本語非母語話者の相互行為の比較分析」『世界の日本語教育』7号,p.45-60.
熊取谷哲夫(1992)「はいともしもじとじゃの談話分析」『日本語学』Vol.11,9月号,明治書院.
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[談話標識]