#307 名前を言ってはいけない生き物
西本(1999)の「言語研究におけるタブー」についての箇所を読んでいたのですが、非常に興味深い内容でした。
私たちは普段、言葉を使ってコミュニケーションを図っています。その言語表現には、伝達という目的を果たすために「明示的でなければならない」という側面がある一方で、聞き手が不快な反応を示さないよう配慮した「物事を婉曲的・暗示的に言い表そうとする」側面もあります。円滑なコミュニケーションのためには、この両者のバランスが適切に保たれていなければならないと述べられています。
この「間接的な表現」の代表例として挙げられているのが、日本語の「忌み言葉」です。たとえば結婚式の披露宴などでは、「去る」「帰る」「終わる」「切れる」といった言葉が意識的に回避され、「終わる」を「お開きにする」と言い換えるような代替表現が用いられます。ただ、この忌み言葉は、原則として特定の状況に限定して使われるものであり、日常的にその語の使用が禁止されているわけではありません。
この点で、忌み言葉は「タブー語」とは少し次元が異なります。タブー語とは、原始信仰や宗教、迷信などの要因によって規定されており、発話する状況に関係なく、基本的にはいつでも回避されるべき言葉を指すからです。
では、ある言葉が「タブー」であるかどうかは、どのように判断されるのでしょうか。その基準の一つとして挙げられているのが、「個別の言語が独自の語を持っており、同族の言語間で語源の一致が立証できないため、共通の祖語を再建することが不可能な場合」というものです。
その具体的な例が、インド・ヨーロッパ語族やウラル語族など、多くの言語に見られる「熊」を意味する言葉です。
かつてインド・ヨーロッパ語を話す民族は牧畜を営んでおり、熊に対して強い恐れを抱いていたため、その名前を直接呼ぶことを避けた(明言しなかった)可能性があるそうです。実際に語源をたどってみると、古インド語では「害を与えるもの、破壊者(はちみつの収集場所を壊すもの)」という意味の言葉が使われていました。また、スラブ語を中心に「蜂蜜食い」を意味する言葉で言い換えられていたり、ドイツ語や英語では「茶色のもの」を意味する言葉が充てられたりしています。
このように、「熊」を表す名称はインド・ヨーロッパ諸語の間で統一されておらず、それぞれの言語で新しく言い換えが行われてきました。そのため、当時の人々にとって熊が「タブー」であったとみなされ、熊を直接命名するような共通の祖語の形を推定することは不可能なのだそうです。
西本(1999)は、こうした例を踏まえて、タブー語を二つに分類しています。
一つは、熊のように、その言語が属する祖語や歴史的に最も古い段階において、統一的な形を再構築することが不可能な「絶対的なタブー語」です。もう一つは、すでに存在している言葉を、特定の時間や空間(状況)において意識的に使用回避する「相対的なタブー語」です。
興味深いことに、絶対的なタブー語であっても、時代の変化とともにタブー性を失うことがあります(現代において、熊はもうタブー語ではありません)。その一方で、相対的なタブー語であっても、「死」や「病気」「セックス」といったテーマは、昔と変わらず現代でもタブー視されやすく、それに代わる新しい表現が次々と生み出され続けています。
このようにタブー語の判断は一筋縄ではいかず、言語学的な根拠だけでなく、原始信仰や宗教学、文化人類学、民俗学、さらには社会学や心理学といった、学際的なアプローチによる裏付けが不可欠であるとされています。
それにしても、タブー語について調べていたら、まさかの「熊」との遭遇・・・驚きました。
参考
西本美彦. (1999). タブーと言語 (1). ドイツ文學研究, 44, 1-38.
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[タブー] [忌み言葉]