#302 TEDっぽさはどこから?
明日の授業の中で「大学の学長のスピーチの日米比較」という項目を扱うため、関連する論文を探していたところ、櫻田(2018)の論文が目に留まりました。この論文では、TED Talksにおける語りをもとに、パブリック・スピーチの構成と言語表現が日英語対照的に分析されています。TEDのように万全に準備されているスピーチということもあってか、扱われている12本のスピーチにおいて、それぞれの言語ごとに共通する構成や表現が多く見られるのが印象的でした。「TEDっぽさ」を作る要素といってもいいかもしれません。
スピーチの構成については予想通りの部分も大きかったのですが、具体的な流れには明確な違いがありました。英語のスピーチでは「導入→論旨→例証となるエピソード→論旨」という順序がメインです。これに対して日本語のスピーチでは「導入→エピソード→論旨」という構成が主流になっています。導入部分はいずれも「聴衆の関心や共感を促す」という目的で共通していますが、その後の展開が大きく異なります。英語ではまず論旨が明確に示され、その後のエピソードはあくまでその論旨を支える例証として登場します。一方、日本語では、導入でエピソードを積み上げるための枠組みが示され、いくつかのエピソードを重ねた後にようやく論旨へと向かっていくのです。
この傾向は話の内容が変わっても一貫しており、論文内では日本語のスピーチについて「聴衆とともに歩むような語り」であると指摘されています。実際、言語表現のレベルでも、こうした構成の理解を支えるような特徴がそれぞれに見られました。
まず英語のスピーチでは、同じ表現を重ねる「列叙法」が用いられたり(例:"Work happened later, marriage happened later, kids happened later, even death happened later.")、比較級や最上級を重ねて脚韻を踏むことで、確実性を強調する工夫がなされています。さらに、客観性を裏付けるために「facts」や「evidence」といった語が好んで使われる傾向にあります。
一方で日本語のスピーチは、「期待されています」や「言われています」といった表現に代表されるように、語り手自身の存在をあえて目立たせないようにする傾向があります。自分一人の意見というよりも、意見を同じくする人たちの存在をほのめかすことで、人々の「共通認識」として語る形を取るのです。また、自分の心情を示す場面では「ですます調(敬体)」があえて脱落する現象も見られ、これによって聴衆へ直接的に思いを伝え、心理的な距離を縮める働きを生み出しています。
聴衆との関わり方(スタンス)についても、日米で対照的な結果が出ています。英語では「Let me show you」や、専門家としての立場を含む「We know that」といった表現が使われており、語り手は「知識を提示して聴衆をリードする立場」であることが示されます。これに対して日本語では、「ご存じない方もおられるかもしれませんが」や「みなさんよく聞く話だと思います」のように、聴衆に細やかに気遣う表現が多く見られます。櫻田氏はこうした特徴を踏まえ、英語のスピーチを「聴衆を先導するスピーチ」、日本語のスピーチを「聴衆と同行するスピーチ」と名付けています。
個人的に一番驚いたのは、「みなさんよく聞く話だと思いますが」というフレーズに関するデータです。日本語の母語話者はスピーチの中で全員がこの表現を使用していたのに対し、英語の母語話者で同様の表現を使ったのはわずか一人だけだったそうです。この明確なギャップには、日米のコミュニケーション文化の違いが色濃く表れているようで、非常に興味深く感じました。
参考
櫻田怜佳. (2018). TED Talks における語りの構成と言語表現の日本語・英語対照研究―スピーチに見られる語り手と聴衆の関係―. 社会言語科学, 21(1), 191-206.
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