#296 おいしく召し上がれますように
授業で日米の接客の違いについて扱う機会があり、井上先生の『英語の思考法』に書かれていた「ファミレスの『つながり』コミュニケーション」というお話を思い出しました。
英米をはじめとする欧米の多くのお店では、入店すると店員さんから「Hi!」や「How are you?」などと挨拶され、客側も「Hi!」と答えたり「Good! How are you?」などと聞き返したりするのが礼儀とされています。
しかし、日本にファミレスが上陸したばかりの当時、「こんにちは。デニーズへようこそ」といった店員さんの出迎えに人々が外国らしさを感じて喜んだものの、そう声をかけられて「こんにちは」と返す日本人はまずいない、というエピソードから話は始まります。井上先生は、ファミレスやスーパーのように不特定多数の人が訪れる場所で、店員と客が「人対人」としてつながりを持って接する習慣は日本に根付いていないと指摘されています。その証拠として、店側の「いらっしゃいませ」という定型句はあるものの、客側の応答の定型句が存在しないことが挙げられていました。日本では、お客様と過度につながりを持とうとすることは「出過ぎた真似」であり、むしろ無礼にあたると捉えられる文化も関係しているようです。
この文章を書きながら、以前「築地銀だこ」でたこ焼きをテイクアウトしたときのことを思い出しました。商品を受け取る際、店員さんから「おいしく召し上がれますように!」と言われてとても驚きました。これまで何度も買ったことはありましたが、そんな言葉をかけられたのは初めてでした(気になって調べてみましたが、銀だこの接客用語としては定着しているもののようです)。少し照れくさくなりながらも「ありがとうございます」と返したのですが、一体なんと返すのがベストだったのだろうと今でも考えてしまいます。
また、まだ海外に慣れていなかった頃の苦い記憶も呼び起こされます。当時はお店で頻繁に話しかけられるのがプレッシャーで、自分の英語力では到底太刀打ちできないと感じていました。そのため、「I'm just browsing.(見ているだけです)」と「I’ll think about it.(少し考えます)」の2フレーズだけは言えるようにと覚えていたことを思い出します。
最近ではセルフレジを見かけることも増えましたが、便利な一方で、むしろ人の温かみに触れたくなって有人レジを選んでしまうことも珍しくありません。授業では、スターバックスのように「カスタマイズはどうしますか?」といった会話が生まれる空間は、欧米のコミュニケーションの感覚に近いのではないか、と考察している学生もいました。接客における「つながり」のあり方は、時代や文化とともに少しずつ変化しているのかもしれません。
参考
井上逸兵 (2021) 『英語の思考法 ――話すための文法・文化レッスン』ちくま新書.
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