#295 聖書のメタファー
橋本・八木橋(2006)の『聖書のメタファー分析』という論文では、聖書の中で様々なメタファー(隠喩)やメトニミー(換喩)がどのように使われているかが取り上げられています。これらの表現が、単なる言葉の飾りではなく、私たちの概念レベルで機能し、聖書が描き出す状況をありありと浮かび上がらせる重要な役割を果たしていることが示されています。
特に印象的なのは、論文の結びの言葉です。そこでは、「人によって口承され、後に文字化された聖書を認知言語学的に読み解く鍵は、概念を構築する<人間>にあるという主張の論拠はここにある」と述べられています。世界中で読み継がれ、広まり続けている聖書には、言語や文化の違いを超えた、人間一般に共通する普遍的な思考パターンが描かれているからこそ、時代や国境を越えて私たちの心に響くのかもしれません。今回は、この論文で紹介されている興味深い具体例をいくつかご紹介したいと思います。
まず、「創世記」の一節である「Then God said, "Let there be light"; and there was light.(神は『光あれ』と言われた。すると光があった)」という非常に有名な場面です。ここでは、<光>という概念が、この世の<誕生>を含意しています。人間が母親の胎内という、太陽の光が届かない「闇」から外へ抜け出ることでこの世に誕生し、初めて光を体験することから、<光>が<存在(誕生)>を示すという捉え方は、私たち人間の身体経験に深く根ざしていると考えられます。
次に、アベルを殺した後のカインの様子を描いた "Cain was much distressed and his face fell" という一節です。「distressed(苦悩する)」という抽象的な心理状態を表すにあたり、ここでは「上下」という空間概念が比喩的に転用されています。「his face fell(顔を落とした、うつむいた)」という表現は、人が落ち込んだり悲しんだりしたときに、頭を垂れてうつむき、時には崩れ落ちてしまうという身体の反応に基づいています。これは、「下」という方向が一般的に好ましくない状態を示すという、「BAD IS DOWN(悪いものは下)」の概念メタファーが機能している分かりやすい例です。
また、聖書に登場する「鷲の翼」にまつわる表現についても、大変興味深い分析がなされています。たとえば、"bare you on eagles wings(鷲の翼であなたがたを運んだ)" という一節において、汝(あなた)を「鷲の翼の下」に入れるという表現は、単に物理的な位置を説明しているわけではありません。これは「WITHIN IS SAFE(内側は安全である)」という概念メタファーを介することによって、一見ただの鳥の一部である「鷲の翼」を、敵や危険から身を守る「盾」として解釈することが可能になります。「鷲の翼の下に隠すこと」をこの概念メタファーに照らし合わせることで、隠された存在を「保護する」という意味が自然と導き出され、安全がしっかりと確保されている様子が描き出されるのです。さらに聖書の中では、「翼の影」という言葉も、同じように「保護」を象徴する意味で用いられています。
この論考では、私たちがどのような環境に身を置き、どんな経験をしてきたかによって捉えるイメージが異なり、それが時に聖書を読み解く上での障壁となり得る点についても指摘し、いくつかの実例を挙げて考察しています。
参考
橋本功・八木橋宏勇 (2006). 聖書のメタファー分析. 『人文科学論集. 文化コミュニケーション学科編』, 40, 89-106.
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[メタファー] [概念メタファー]