#289 Look at that!
今年度から、学生がひたすらドラマのディクテーションをして、その中で聞き取れなかったフレーズについて発表してもらうという授業を始めてやっています。
今日は、ドラマ『Breaking Bad』の冒頭シーンで、誕生日の主人公にポテトの上のベーコン(?)がのせられたお祝いの食べ物が「Happy birthday.」という奥さんのお祝いの言葉とともに渡されたシーンが取り上げられました。その場面で主人公は「Look at that(なんてひどいんだ)」と言うのですが、発表した学生は「that」以外が聞き取れずに「What is that」にしてしまったそうです。しかし、そもそも手元にあるのに「that」であることに違和感があるということで、聞き取れなかったと述べていました。
『ロングマン現代英英辞典(Longman Dictionary)』では、「look at that」は「自分が面白いと思うものや、悪いもの(bad)などに目を向けさせるために使う」と定義されています。今回はまさに「bad(ひどい)」のほうでしょう。
千葉・杉村(1987)は指示詞について日英語比較を行っているのですが、そのなかで、「手に持った物あるいは手で触っている物を指すのに、英語においてthisの代わりにthatを用いることがある」という現象を取り上げています。
なぜthisではなくthatなのかという説明を色々と試みていますが、Lyons(1981)からの引用では、もし話し手が何かを手に持っているような場面で「What's that?」と言ったとすると、その場合のthatは話し手の持つ嫌悪あるいは忌避の気持ちを表すことになるだろう、と指摘されています。すなわち、話し手は自分が指示しているものから、気持ちの上あるいは態度の上で距離を置こうとしていることになるのだろう、ということです。
ただ、嫌悪や忌避の気持ちが含まれていなくてもこの用法は使われており、たとえば「You see that...?(この~が見える?)」というように、公に自慢げにものを見せるときに使う用法も取り上げられています。そこで、一般的にもっと広く当てはまる説明として、Fillmore(1971, 1982)の指摘が挙げられています。それは、指示詞の持つ距離の遠近の対立が「中和(neutralized)」される場合の一つの例として、たとえば患者が痛む歯を歯医者に示しながら「It's this one.」「It's that one.」のどちらも言え、後者の場合には、聞き手(歯医者)の見方が取り入れられた文であるように思われる、というものです。
面白いのは、このthis/thatの関係だけでなく、here/thereにも似たような関係が見られるという点です。
たとえば、主人公が髪を切ってほしいときに、どのぐらい?と聞かれたのに対して「There(ここ)」と言ったり、サインすべき箇所を指して「Sign there, and there(こことここですね)」と言ったり。またthatについても色々と例が挙げられていますが、渡された写真を手にしながら「Where did you get that?(どこでこれを?)」と言ったりするケースです。
このように、要因は複数あってひとつですべてを説明することはできないと述べられていますが、日本語の「ここ」や「これ」が、必ずしもthisやhereだけで説明できるわけではないということを改めて考える機会になりました。
参考
千葉修司・村杉恵子 (1987) 「指示詞についての日英語の比較」『津田塾大学紀要』19, 111-153.
Fillmore, Charles. 1971. “Lectures on Deixis.” Unpublished ms. Linguistics Dept., Univ. of California, Berkeley.
Fillmore, Charles. 1982. “Towards a Descriptive Framework for Spatial Deixis.” R. J. Jarvella and W. Klein (eds.), Speech, Place, and Action: Studies in Deixis and Related Topics, pp. 31–59. John Wiley & Sons Ltd.
Lyons, John. 1981. Language, Meaning and Context. Fontana.
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