#285 今も昔も「やばい」
学生から解釈があいまいな言葉として多く声が上がったのが、「やばい」という言葉です。
これについては、以前読んだ三宅さんの著書『「好き」を言語化する技術』の中で興味深い話が触れられていたので、ここにまとめておきます。
本の中では、言葉にできていない証拠として批判の対象になりがちな「やばい」という表現が、実は昔から同じような使われ方をしていたという文脈で紹介されています。それが古語の「あはれなり」です。「あはれなり」は、「なんとなく胸がじーんとする」「グッとくる」「うわぁと言いたくなる」といった感覚を一言にまとめた語彙であり、その感情はプラスのときもマイナスのときも使われます。これはまさに、現代の「やばい」とよく似た状況で使われている言葉です。
三宅さんはこの現象について、「やばい」は「あはれなりの現代語バージョン」であると言っています。そのため、単に「最近の若者は語彙力がない」と批判するのは的外れであり、平安時代からすでに同じような表現が使われていたのだと指摘されています。
さらに、「日本には昔から『感情が大きく動くこと』を一言の『あはれなり』でまとめてしまう文化がある」とも述べられており、日本以外の言語ではこうした感情のまとめ方がどのようになっているのか、他の文化圏の状況も知りたくなります。
参考
三宅香帆(2024)『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』ディスカヴァー・トゥエンティワン(ディスカヴァー携書)