#279 視覚優位の人間
橋元良明先生の「ネット社会における言論空間のゆがみ」を読んでいると、SNSの動画コンテンツがなぜこれほどまでに普及しているのか、その必然的な背景や、私たちがどのようなコミュニケーションを好んでしまうのかという心理的要因が見えてきます。
先生のお話を大まかにまとめると、人間は進化の過程で二足歩行を始め、樹上だけでなく地上を移動するようになってから、身体のさまざまな機能を発達させてきました。特に昼行性中心の生活へと移行したことで、聴覚や嗅覚以上に視覚が重視されるようになり、人間は際立って視覚優位の動物になったと指摘されています。実際、人間の大脳における処理領域の面積は、視覚関係がほぼ50%を占めており、聴覚関係をはるかにしのぐのだそうです。
そうは言っても、進化の過程で人間が最初に優先したコミュニケーション様式は、ボディランゲージのような視覚に訴えるものではなく、ウォルター・オングの言う「声の文化」でした。つまり、最初は聴覚記号が中心だったのです。その理由は、声であれば夜間でも使えますし、他の身体活動をしながらでも同時にやり取りができたからだと言われています。その後に文字が発明されますが、文字の習得には高い知性と長い修練期間が必要だったため、それを扱えるのは一部の少数者に限られていました。
橋元先生は、「視覚動物の特性がコミュニケーションにおいて活かされるのは写真の発明以降のメディア装置の発明・普及によってであり、とくにエジソンによるキネトグラフの発明が動画の授受を可能にしたあとのできごとである」と述べておられます。テレビから受け取る情報を脳内で消費することは、聴覚だけのメディアを処理するよりも自然で疲れません。つまり、小さなメンタルエフォート(精神的労力)で済むため、私たちは何時間でもその前に座ってコンテンツを楽しめてしまうのです。
その後に普及したインターネットも、最初は文字記号を伝えるためのルートとして出発しました。しかし、2000年代前半にWindows Media PlayerやQuickTimeなどを使った動画のストリーミングが実用化され、2005年にYouTubeが誕生したことで、SNSの世界でも動画配信が当たり前のものになっていきました。
2024年の総務省と橋元先生らによる共同研究によると、現在の20代におけるYouTubeの利用率は97.2%に達し、Instagramも78.8%を記録しています。SNSの中でも映像がメインのInstagramが中心的な地位を占めつつあることが分かります。さらに、20代が平日にスマートフォンでネットを利用する時間において、「YouTubeやニコニコ動画などの動画投稿・共有サイトの視聴」が、最大の75.4分を占めていたそうです()。
このお話を読んで、以前、大学の学生たちと(本人の了承のもとで)お互いのスマートフォンのスクリーンタイムを見せ合ったときのことを思い出しました。TikTokに1日9時間も費やしていた学生がいたときは、本人も含めてその場にいた全員が驚きましたが、それ以外の学生たちも、自分が思っている以上に動画サイトに時間を費やしている事実に衝撃を受けていました。人間は、脳に負担がかからない動画というメディアを、本当に無意識のうちに、そして気楽に受け入れて楽しんでしまうものなのだと、改めて実感させられます。
参考
橋元良明(2026)「ネット社会における言論空間のゆがみ:SNS選挙と陰謀論」『響き合うことばと社会』pp.14-25.
オング, W. J.(1991)『声の文化と文字の文化』(林正寛・糟谷啓介・桜井直文訳)藤原書店.(原著:Ong, W. J. [1982] Orality and Literacy: The Technologizing of the Word, Routledge.)
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