#266 悪魔の辞典と再会
『笑いの力』を読んでいて、その中の「文学と笑い」のセクション(筒井康隆)でアンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』が出てきました。
この本については、野村益寛氏の『ファンダメンタル認知言語学』でも触れられていた記憶があります。「意味とは何か」を考える章で、事態をどう見るかという「捉え方(construal)」との関連でコラムとして紹介されていたはずです(あいにく連休中で手元に本がなく、詳細を確認できないのがもどかしいのですが)。そのときは、確かに絶対の意味は存在しなくて、その時代だったり、その人ならではの「捉え方」が意味に含まれているのだ、という理解をしたと記憶しています。
筒井氏は自身でもビアスを翻訳していますが、ビアスという人物を「非常に皮肉屋」であると評しています。『悪魔の辞典』の内容も、単なるユーモアというよりは「サタイア(風刺、皮肉)」をより上位に置いたものだというのです。
たとえば、その定義の一部を引いてみると、彼の冷徹な視点がよくわかります。
官庁(administration): 首相や大統領に落ち度があれば、その代わりにゲンコツやケリだけを分離して受けるように考案され、嘘つき、無能よばわりにさらされても、平気な藁人形。
賞賛(admiration): 他人が自分に似ていることを、バカていねいに評価すること。
老年(age): 昔のような、悪いことをやる気が失せ、人の悪徳を非難し始める時期。そのくせ、「わたしも若いころは悪かった」というのが好き。
この本で『悪魔の辞典』が紹介されているのは、あくまで笑いに関連してのことなのですが、こうした「批判精神と笑い」のあり方について、筒井氏は本質的な指摘をしています。自分の作品や生活そのものを、あえて批判精神を持って書くこと。そうした姿勢が笑いを生じさせるのであって、逆に自分の世界にどっぷりと「のめりこんで」しまうと、作品から笑いが失われてしまうのではないか、というのです。
別の場面で出会った同じ本の語られ方の違いに、心地よい面白みを感じております。
参考
河合隼雄・養老孟司・筒井康隆(2026).『笑いの力』岩波書店.
野村益寛(2014).『ファンダメンタル認知言語学』ひつじ書房.
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[捉え方] [笑い] [意味]