#258 周辺にはじまりを見る
真田(1981)によれば、柳田国男は『毎日の言葉』において、挨拶言葉が本来の意味を失い、形骸化していく過程を詳しく考察しています。以前取り上げた「おはよう」や「こんにちは」「こんばんは」といった言葉も、今では言葉自体が持つ具体的な意味は消失していると言えます。しかし真田は、こうした定型化こそが、むしろ「挨拶言葉らしい」挨拶の誕生であると述べています。
真田は挨拶言葉の方言を概観する中で、改まった場での表現や冠婚葬祭に関わる形式には大きな地域差が認められない一方で、日常的な挨拶には非常に多彩で著しい地域差があることを指摘しています。
例えば「おはようございます」の丁寧語部分に着目すると、岩手や関東、九州などで見られる「ゴザンス」や、広島・山口の「アリマス」など、多様な方言形が存在します。また、「早い」という語に終助詞を添えた「ハヤエナッス(山形・福島)」や「ハエーネー(群馬・岐阜)」といった表現も各地に点在しています。
さらに興味深いのは、「早い」という系統以外の表現です。「起きたか」に相当する「オギダガー(山形県大鳥)」や「オキタカヤー(長野県秋山郷)」、あるいは八丈島の「ヤドローカイ(眠ったか)」といった形式も報告されています。真田は、これらの形式が残る地点の多くが「周辺地域」と呼ばれる場所であることに注目し、これこそが朝の挨拶としての原初的な形、すなわち古層の表現であると推測しています。
参考
真田(1981).「あいさつ言葉の地域差」. 「ことば」シリーズ14 あいさつと言葉. 73-83. 文化庁
keywords
[あいさつ] [方言][定型化]