#246 私たちは乗組員
月の周回から帰還した4人の宇宙飛行士による会見を見ていて、気になったフレーズを書き留めておきます。
特に印象に残ったのが、クリスティーナ・コック(Christina Koch)氏が使った「undisturbingly」という言葉です。あまり馴染みのない表現だったので、後で調べようと思いながら今これを書いているのですが、Googleで検索するとこのアルテミス計画の記事がすぐに出てきました。彼女の言葉を、日本語訳とともに引用します。
"What struck me wasn't necessarily just Earth, it was all the blackness around it."
(私を驚かせたのは、必ずしも地球だけではなく、その周りにあるあらゆる「闇」でした)
"Earth was just this lifeboat hanging undisturbingly in the universe."
(地球は、宇宙の中にただ静かに、何にも邪魔されずに浮かんでいる救命ボートのようでした)
"There's one new thing I know and that is Planet Earth - you are a crew."
(私が新しく知ったことが一つあります。それは地球についてです。あなたたちは皆、その乗組員なのです)
地球そのものだけでなく、その周囲にある「闇」に注目している点に、視点の切り替えを感じました。実際に宇宙へ行った方の言葉だと思うと、非常にリアリティがあります。これを聞いて、認知の焦点が当たる部分を「図」、背景となる部分を「地」と考える「図と地」の話を思い出しました。
通常は地球に焦点を当てる可能性が高い場面で、あえて普段は意識されない「闇」を中心に据えたからこそ、これほど印象に残るのだと思います。このように、普段は焦点が当たらないものに触れることで意図を伝える手法は、会話のなかでも見られそうです。
たとえば本多(2006)は、次のような例を挙げています。
学生:先生、どこに住んでるんですか?
教員:日本!
これは、学生たちが「車で送りましょう」と提案してくるのを未然に防ぐために、あえて広すぎる範囲(図)に焦点を当てて煙に巻いた例です。
コック氏の言葉に話を戻すと、彼女は地球を「ただの(just)」救命ボートと呼びました。そして「undisturbingly in the universe(宇宙の中で、何にも乱されず静かに)」という表現。これもまた、広大な闇との対比を際立たせる非常にレトリカルで美しいフレーズです。
最後に、私たちがその救命ボートに乗る「乗組員」なのだという言い方は、比喩的で不思議な気持ちになる言葉でした。帰還して一日も経たないうちにこのような表現が出てくることに感心すると同時に、それほどまでに心からそう感じたのだろうなと、改めて感慨深く思いました。
参考
本多啓. (2006). 「認知意味論、コミュニケーション、共同注意―捉え方(理解)の意味論から見せ方(提示)の意味論へ-. 『語用論研究』第8号 pp.1-14
記事:https://www.rnz.co.nz/news/world/592150/artemis-ii-astronaut-urges-unity-on-lifeboat-earth
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[図と地]