#229 ことばとジェンダー②
前回の記事では、ジェンダーと言葉に関する研究の第一の流れについて触れました。今回は、もう一つの大きな潮流と、近年の研究がどのような視点に向かっているのかを紐解いてみたいと思います。
「ことばとジェンダー」に関するもう一つの重要な流れは、「ことばづかいの性差にかかわる研究」です。これは社会言語学や語用論、会話分析、談話分析といったさまざまな領域で、実証的な研究が進められてきました。
初期の段階では、「女性と男性の言語使用にどのような違いがあるか」という問題意識に基づいた調査が行われていました。しかし研究が進むにつれ、言語的な性差は決して固定的で普遍的なものではないことが明らかになってきました。現在では、話し手の性別という要因が、他の社会的要因と複雑に絡み合いながら言語使用に影響を与えていると考えられています。
一方で、社会には依然として「女らしさ」「男らしさ」というステレオタイプや規範が存在します。こうした人々の「常識」はジェンダー規範として機能しており、たとえそれに従うにせよ反発するにせよ、私たちが言葉を使ったり解釈したりする際に大きな影響を及ぼしています。この「規範」の問題も、この研究領域における極めて重要な課題の一つだそうです。
そして近年、研究の関心は「人が言語的相互行為を通じて、どのようなジェンダー・アイデンティティを作り上げるか」という点へと向けられています。つまり、言葉を通じて「どのような自分(女性・男性、あるいはそれ以外)を実現するか」というプロセスです。年齢、階層、性的志向といった他の属性とともに、多様なジェンダーが日々の言語実践の中で形作られていく過程を探る「民族誌的研究」が盛んに行われているといいます。
この「言葉を通じてアイデンティティを作る」という話に触れて、私はふと昔のことを思い出しました。かつて野球と青春を描いたドラマ『ROOKIES』を見ていた頃、市原隼人さん演じる「ヤンキーだけれどエースピッチャー」というキャラクターに強く憧れた時期がありました。
本気で「あのようになりたい」と願った当時の私は、いわゆるヤンキー歩きを真似し、言葉遣いもそれっぽく寄せていたことを覚えています。私にとって、憧れの存在に近づくための最短ルートが、その言動を模倣することだったのです。家族からは不評で、今思い返すと少し恥ずかしさもありますが、「言動からまず近づこうとする」という行為は、まさに言葉を通じて自らのアイデンティティを模索する切実なプロセスだったのだなと感じます。
参考
佐竹久仁子「ことばとジェンダー」(岡本能里子・佐藤彰・竹野谷みゆき編『メディアとことば 3 特集:社会を構築することば』pp.172-173, ひつじ書房, 2008年)
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