#226 英会話にみる社会
井上逸兵先生の論考「〈英会話〉の社会言語学」(『響き合うことばと社会』)を、非常に興味深く読み進めています。
本書では、これまで当たり前のように「English Conversation」の訳語として扱われてきた「英会話」という言葉を、あえて〈英会話〉と表記しています。実は英米で「English Conversation」という表現が使われることは稀であり、日本語の「英会話」もまた、単なる英語による会話以上の重層的な意味を孕んできました。井上先生は、この〈英会話〉を時代とともに変容する概念として捉え、社会やメディアのありようを「コミュニケーションの生態系の見取り図」として提示しています。
こうした〈英会話〉が持つ多義性については、Agha(2003)の研究を援用した「レジスター化(enregisterment)」という概念で説明されています。〈英会話〉は単なる言語習得の対象ではなく、「教養」「受験」「民主主義」「旅行・消費」「ビジネス」「おもてなし」といった価値連鎖を伴う様式として、時代ごとに更新されてきました。その時々のターゲット層に応じて、ふさわしい語用論的規範や身体的ふるまいまでもがセットで形作られてきたのです。
井上先生は、歴代の〈英会話〉番組の分析を通じて、その変遷を鮮やかに描き出しています。
まず、ラジオ前史から戦前にかけては、ラジオ「英語講座」の開始とともに、活字テキストを手に放送を聴くというスタイルが定着しました。朗読、解説、復習という授業形式が標準化され、放送制度が「正当な話し方」を配分する権威としての役割を担い始めた時期といえます。
続く占領期から復興期にかけては、敗戦後の閉塞感を打ち破る「新しい時代の象徴」として〈英会話〉が立ち現れます。朝ドラでも話題となった『カムカム英語』のように、語りや歌を取り入れた番組は、単なる正誤を超えた「明るさ」「開放性」「希望」を帯びた大衆娯楽へと進化しました。
高度経済成長期と東京五輪の時代になると、目的は「移動(トラベル)」と「待遇(ホスピタリティ)」へとシフトします。空港やホテル、買い物といった場面設定(シチュエーション)に基づいた台本が提示され、国際的な振る舞いの手順を「見せる・まねる」ための番組フォーマットが確立されました。
そしてバブル期には、国際性が「審美化」され、流暢な英語を操るバイリンガルの女性キャスターがステータスの象徴として起用されるようになります。「バイリンギャル」と呼ばれた彼女たちの生い立ちが注目されたことで、子供向け英語番組も増加。この時期は「映える英語」と「早期教育としての英語」という二本柱が特徴的でした。
2000年代以降の変容については、また次回整理してみたいと思います。
参考
井上逸兵(2026)「〈英会話〉の社会言語学」宮嵜・八木橋編『響き合うことばと社会』(pp. 87-101)
Agha, A. (2003). The social life of cultural value. Language & communication, 23(3-4), 231-273.
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[レジスター化]