#211 相手に委ねるコミュニケーション
先日参加したワークショップの冒頭で、「投機的」という言葉が話題にのぼりました。自分の整理も兼ねて、名塩(2011)の論文の内容をもとに、この「投機的」という概念と、それに続く「赴き(おもむき)」についてまとめてみたいと思います。
名塩(2011)では、岡田(2003, 2008)の議論を引き合いに出し、私たちの行為は「常に相手からの支えを予定しつつ投機的に繰り出されるもの」であると説明しています
例えば、私たちが何気なく発する言葉や動作は、自分一人で完結した意味を持っているわけではありません。実は、その行為がどのような役割を持つのかを自分だけで決めず、相手を含む環境にその意味を「委ねて」しまっている(投機している, entrusting)のです。これを論文では「行為の意味の不定さ」と呼び、相手がその行為を支えて意味を与えることを「グラウンディング」と表現しています。
論文では分かりやすい例が挙げられています。
もし、XさんがYさんの方を向いて「君」と発話したとします。 この時、Yさんはただ音を聞くだけでなく、Xさんの視線や表情をキャッチし、不確定な状態のまま投げ出された(投機された)Xさんの行為を支えようと動き出します。「視線の先にいるのは自分だ」「日本社会では目上の人には使わない言葉だから、今の関係性なら……」こうした知識や状況から、Yさんは「あ、自分を指名しているんだな」と、その行為の意味を推論し、把握するのです。
こうして意味を把握したYさんは、次に自分がどう振る舞うべきかの可能性を探ります(「はい」と返事をする、など)。このように、過去の出来事の理解から導き出される「次に何をすべきか」という見通しや方向性のことを、論文では「赴き(おもむき)」と呼んでいます。面白いのは、この「赴き」は常に更新され続けるという点です。 もしXさんが「いや、君じゃなく、後ろの君」と言い直せば、Yさんは即座に「赴き」を再構築しなければなりません。逆に「ちょっと来てくれる?」と続けば、Yさんはそれまでの流れを一連の活動として捉え、「赴き」をさらに更新して実際の行動へと移ります。
私たちは普段、言葉だけでなく、視線や身体の動きといった非言語的な合図を頼りに、この「投機」と「赴きの調整」を無意識に、そして絶え間なく行っています。「自分の言いたいことを伝える」のが会話だと思いがちですが、実は「相手が支えてくれることを信じて、未完成な意味を投げ出す(投機する)」ことこそが、円滑なコミュニケーションの正体なのかもしれません…。
参考
名塩征史 (2011)「会話を構成する情報の探索と二種類の調整:協応関係と赴きの調整」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』12, 41-61.
岡田美智男 (2003)「ヒトとロボット:共同性とその成立基盤を探る」『発達』95(24)ミネルヴァ書房:pp. 61-70
岡田美智男 (2008)「コミュニケーションに埋め込まれた身体性―ロボット研究からのアプローチ」『言語』37(6)大修館書店:pp. 56-63
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