#184 字義以上なことば
井上(2015)における「前提」と「含意」の説明も、ここに書き留めておきたいと思います。私は旅行広告をきっかけに「前提」という考え方に焦点をあてましたが、井上(2015)では、人間のコミュニケーションの仕組みを理解する上で重要な概念として、この点が取り上げられています。井上はまず、次のように述べています。
「言語とコミュニケーションの関係を論ずるのに、字義上の意味だけを考えていては到底人間のコミュニケーションのしくみを理解することはできない。実際、われわれはことばにしていない、つまり字義的なメッセージ以上のこと(言外の意味)を多く伝え合っている。」
前回は、私自身の兄や祖父の話題を例に挙げましたが、「私の兄は34歳です」という文も、井上の説明にならえば、「明言していないが、さまざまなことが伝わっている」文だと言えます。
この文からは、「私には兄がいること」と「その兄が34歳であること」という二つの情報が伝わっています。しかし、この二つは同じ性質のものではありません。否定テスト(negation test)を行い、「私の兄は34歳ではない」としてみると、「私には兄がいること」は依然として保たれる一方で、「兄が34歳であること」は否定されてしまいます。
このように、否定しても消えない言外の意味を前提(presupposition)、否定すると消えてしまう意味を意味論的含意(entailment)と呼びます。
さらに井上(2015)は、意味論的含意と会話の含意を明確に区別しています。意味論的含意は、文脈を参照しなくても、語の意味や文法から導くことができます。一方で、会話の含意は、話し手と聞き手が置かれた状況や文脈を参照することで初めて成立する言外の意味です。
こうして整理してみると、私たちが日常的にやり取りしている「言葉の意味」は、文そのものに書かれている内容だけではなく、その背後にある前提や含意によって、ずいぶん豊かに支えられているのだと改めて感じます。
参考
井上逸兵(2015)『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』慶應義塾大学出版会.
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[前提] [意味論的含意] [含意]