#182 憧れの〇〇10日間
新聞の旅行広告を眺めていたら、なかなか面白い売り文句が多いなと思いました。目に留まったのはクラブツーリズムの広告で、「感動のスイス10日間」「はじめての爽やかエジプト10日間」「ギリシャの宝石箱 紺碧のエーゲ海クルーズとアテネ8日間」といったフレーズが並んでいます。細かいところを見ると、交通についても「都心からのアクセスが良く嬉しい羽田着」や「憧れの氷河特急に乗車」など、感情に訴えかける表現が目立ちます。
こうした言葉を読んでいると、スイスに行けば「感動する」のが当たり前のように感じられたり、ギリシャは「宝石箱」のように美しい場所なのだと思わされたりします。羽田着は「嬉しい」選択肢で、氷河特急に乗ることは「憧れ」である、という価値づけも、ごく自然に受け入れてしまいます。一方で、「はじめての爽やかエジプト」という表現を見ると、エジプトにはもともと暑さや砂埃のイメージがあるからこそ、「爽やか」という形容が添えられているのだろう、と想像してしまいます。
語用論では、「ある文を発したときに、当然のように真として受け入れられる推論や命題」のことを前提(presupposition)と呼び、その前提を生み出す言語項を presupposition trigger と呼びます。たとえば、「私の兄は独身です」という文では、「兄がいる」ということが前提になっており、「私の兄」という名詞句がそのトリガーになっていると考えられます(堀田 2018 #3402記事を参考)。
今回の広告に見られる「感動のスイス」「はじめての爽やかエジプト」「嬉しい羽田着」「憧れの氷河特急」といった名詞句も、同じ仕組みで機能しているように思えます。こうした魅力的な側面を、あらかじめ前提として刷り込むという点で、とても巧みな戦略です。
実際、こうした表現に繰り返し触れているうちに、スイスは誰にとっても憧れで感動の場所なのだとか、成田より羽田のほうが嬉しいのだとか、いつの間にか自分の中に取り込まれている価値観があるのではないか…。自分自身の「外国」に対する感覚を振り返ってみると、そんな可能性があるような気がしてきました。
ちなみに、国内旅行の広告では、「くつろぎの〇〇」などまた違った種類の形容詞が含められた名詞句が多くあり、その違いも納得できるし面白いです。
参考
https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2018-08-20-1.html
keywords
[前提]