#177 ピグマリオン観劇
本日はお誘いいただき、『ピグマリオン』を観劇しました。ホームページには、以下のように書かれています。
「シェイクスピアに次ぐ英国人劇作家の巨匠であり、ノーベル賞作家であるバーナード・ショーの代表作『ピグマリオン』。1913年にウィーンのホーフブルク座で初演されて以来、今もなお世界中で愛され、上演され続ける不朽の名作――下町の花売娘イライザは、音声学者ヒギンス教授の訓練により社交界デビューを果たし、上流階級の公爵夫人として生まれ変わる。教養を身につけたイライザが選ぶ結末、彼女の幸せとは――人生に選択肢を持って幸せを掴む主人公を描く名作喜劇『ピグマリオン』。」
イギリスにおいては、言語変種と階層が結びついているからこそのお話だと思いますが、日本語でそれをどのように表すのだろうかと楽しみに観ました。
米映画の『マイ・フェア・レディ』は『ピグマリオン』を原案に作られた映画だそうですが、ここで登場する花売り娘イライザは、ロンドンの西野通り、リッソン・グローブの生まれで、地域英語を用いるのは下層の労働者階級の者と決まっており、コックニーの話し手は「ロンドン生まれで教育の無い無遠慮な人々」として侮辱の対象であったそうです(田中 2005)。
ヒギンス教授は、彼女が貧しい暮らしから抜け出せない理由を、ぼろ布や汚れた顔ではなく、その英語の発音のせいだと嘲笑します。コックニーについては次回の記事で詳細に触れたいと思いますが、沢尻エリカさんが演じるイライザは、最初、「あたし」を「あたい」、「ありがとう」を「あんがとよお」と言ったり、大佐を「大将」と読んだりと、少し下品な言葉遣いで演じられていました。
中盤で指導の途中成果を見せるシーンでは、「ミセス〇〇、ごきげんいかがでございますか」などといった表現や、「天気」や「体調」といった話題など、本音を言わない語りを意識するようになりますが、その口ぶりがロボットのようであったり、テレビの天気予報のようであったりと、どこか少しずれてしまうのが印象的でした。
最後には、完璧すぎて疑われるほどになり、英語のネイティブというよりは、英語を勉強した者の話し方と形容されるようにまでなります。
日本語なりの変化の見せ方や、話し方・内容の選択がどのように評価や階層と結びつくのかを考えさせられる作品でした。
参考
田中美和子, & タナカミワコ. (2005). 音声学資料としての映画-『マイ・フェア・レディ』(1964) に見るコックニー方言. 国際研究論叢: 大阪国際大学紀要, 19(1), 39-53.