#173 最初の文に矢を放つ
前回の話の続きになりますが、渡辺(2004)では、「どんな一日だったか」を語る日米の違いについて、内容だけでなく言語的な特徴にも触れられていました。ここでは、その点を少し整理しておきたいと思います。
日本の作文例では、出来事と出来事をつなぐ際に、「~して、~して」という連用形の接続が多く用いられていることが指摘されています。この「~して」という形は、時間の経過を表すと同時に、理由づけの意味も担うため、出来事を連ねて語るのにとても便利です。その結果、日本の児童の三分の一以上が、この形を使って、一文ですべての出来事をつなげて説明していたそうです。
一方、アメリカの児童で一文だけで作文を書いた例は5%にも満たなかったといいます。文をつなぐ際に使われる表現も異なっており、「because(なぜなら)」「so(だから)」「cause(~が…を引き起こした)」「since(なので)」など、因果関係を明示する接続詞や動詞の使用が目立っていました。
著者はこのアメリカの児童の書き方について、一日の総括が最初に置かれることで、その後に続く文が強くその主題に拘束されていると指摘しています。そして、その構造を、「最初の文が論議の標的となり、それに続く文が矢のようにまっすぐ的に向かって突き進むイメージ」にたとえている点が、とても印象的でした。
こうした違いを見ていくと、「一日を語る」という一見シンプルな課題の中にも、言語や思考のスタイルの違いがはっきりと表れていることが分かります。
参考
渡辺雅子(2004)『納得の構造――日米初等教育に見る思考表現のスタイル』東洋館出版社.
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