#169 過去に思いを馳せる意味
企業において、「創業者物語(founder’s story)」は、従業員のアイデンティティ構築において重要な役割を果たすようです。Lønsmann(2019)は、国際化を迫られる家族経営のデンマーク企業を対象に、創業者物語がどのように語られ、また企業の刊行物などでどのように使用されているのかを、エスノグラフィー的に調査しています。
その中で明らかにされているのは、創業者物語が、企業の国際化や組織変化――具体的には、社内で英語を使用するようにするという変革――といった不確実性の高い状況において、企業文化やアイデンティティを構築し、確認するための中心的なディスコース資源として機能しているという点です。
Lønsmann(2019)は、
...the stories about the founding family are shown to contribute to a dominant discourse of the company as a family
と述べ、創業者一族にまつわる語りが、企業を「家族」として捉える支配的なディスコースを形作っていることを指摘しています。
こうした創業者物語は、従業員にとっては、国際化・英語化・買収といった変化を理解しようとする際の backdrop(解釈の枠組み) となり、一方でマネジメントにとっては、変化を導入・正当化するための戦略的な語りとして用いられます。また、企業の家族的な雰囲気が「変わっていない」と感じられることが、変化の中における安定性や継続性のよりどころとなっている点も興味深いところです。
さらに重要なのは、この創業者物語が、変化を歓迎する側だけでなく、変化を好ましく思わない人々にとっても意味を持つという点です。後者にとっては、創業者物語が、企業文化やアイデンティティに基づいて「自分はこの会社の内部の人間である」という位置づけを強化する資源として機能しています。立場の違いはあっても、いずれにせよ、創業者物語は「自分たちは何者か」を構築するうえで重要な役割を果たしている、ということがこの論文では示されています。
以前、下北沢のフレッシュネスバーガー1号店を訪れた際、可愛らしい一戸建ての店内の壁に、創業者の話をまとめた記事が掲げられているのを目にしました。従業員にとってだけでなく、バーガーを愛する一顧客にとっても、その歴史を感じながら味わうことができる、ちょっとしたスパイスのように感じられた出来事でした。
参考
Lønsmann, D. (2019). The family spirit: making sense of organisational internationalisation through founder's stories. Journal of Pragmatics, 152, 113-126.
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[アイデンティティ]