#161 マス・コミュニケーション
伊藤(2019)の論文を読みながら、マス・コミュニケーションについて考えています。「マス・コミュニケーション」という言葉はよく耳にしますが、改めて定義を確認してみると、伊藤はこれを「一つの主体から不特定多数の人々に対して行われる、すなわち一対不特定多数の、時空間を超えた情報の伝達」と捉えています。そして、そのマス・コミュニケーションを実現するための装置や仕組みが「マスメディア」であると説明されています。
さらに、インターネットやSNSの普及によって、市民一人ひとりが容易にマス・コミュニケーションを行えるようになったという点から、今日の社会は「マス・コミュニケーションの全面化」が実現された時代であると説明されています。
また、大黒(XXXX)の議論を踏まえつつ、インターネットが広まる以前、「マス・メディア」と言えば、テレビや新聞、ラジオといった、特権的な職能集団によって構成された組織体を指していたと整理されています。
ここで提示されるのが、「誰でも情報発信ができる時代は、マス・コミュニケーションの終焉なのだろうか」という問いです。伊藤はこれに対して、終わったのはマス・コミュニケーションそのものではなく、旧来のマスメディア組織によるマス・コミュニケーション、あるいはその独占であると述べています。
かつて旧マスメディア組織は、対面的な相互行為の範囲を超えて、特定の価値観や慣習、社会的規範についての知識を社会に広め、人々を社会化する装置として大きな役割を果たしてきたと考えられます。しかし現代では、その機能は相対的に弱まり、権威や信頼性を保っているとしても、彼らの発信は、無数に存在する個人のマス・コミュニケーションの中の一つとして並ぶようになっています。その中で、情報を他と差別化するために、自らの立場をよりはっきりと示す報道が増えている、という指摘もなされており、新聞ごとに正反対の意見が提示される例などが挙げられています。
読み始める前は、なんとなくマス・コミュニケーションの時代はもう終わったのかもしれないと感じていました。けれども読み進めるうちに、マス・コミュニケーション自体は形を変えながら今も確かに存在していて、変化しているのはその担い手や、旧マスメディア組織の位置づけなのだという点を、今回の論文を通して整理することができました。
参考
伊藤 高史(2019)「インターネット・SNS時代の『マス・コミュニケーションの全面化』に関する考察――メディア社会学と社会システム論の観点から――」『評論・社会科学』第131号,pp. 1–21.
大黒岳彦(2016)『情報社会の〈哲学〉:グーグル・ビッグデータ・人工知能』勁草書房
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