#160 好きな文章のスタイル
本日の授業では、戦後を代表するデザイナーである Dior と Balenciaga を取り上げ、衣服の中に「動き」をどのように表現しているのか、二人の対称性に焦点を当てた文章を読んでいました。本のごく一部なのですが、個人的にはほれぼれするような英語表現が随所に出てきて、とてもお気に入りのチャプターです。
Diorは、その時代における女性の理想的なシルエットや身体像を定義し、どんな女性でも美しくなれるように、それを衣服で実現しようとしました。そのため、芯を多く入れて形を固めたり、パッドを使ったりと、多少の着心地の悪さがあっても理想の形を優先した。一方でBalenciagaは、女性がもともと持つ身体を、欠点も含めて受け入れ、お腹のふくらみや背中の丸みといった部分から視線をうまく逸らすことを重視し、芯やパッドはほとんど使わなかったと書かれています。
動きの捉え方にも、同じような対照性が見られます。Diorは動きの自由を強く求めますが、その動きは「内在された動き」、つまり動いているように見える形として衣服の中に作り込まれたもの(言い換えれば、ある意味で固められた動き)でした。これに対してBalenciagaは、動きとは着る人が実際に動くことで、衣服がそれに反応することだと考えます。
その場面で使われている英語が、次の一節です。
Dior's search for freedom of movement was a powerful impetus … but this movement is a suspended movement, inherent in the garment …
Balenciaga did not seek motion for its own sake; on the contrary he was interested in the response of the garment when a woman walked, as can be seen in his 1951 dress with scarves that took flight with the slightest movement.
対照的な内容でありながら、構造はよく似ていると感じます。「中断された動き(a suspended movement)」のDiorと、「ほんのわずかな(反応としての)動き(the slightest movement)」のBalenciaga。動きが「衣服に内在している(inherent in the garment)」Diorに対し、Balenciagaではそれは「衣服の反応(the response of the garment)」として描かれています。
こうした形の類似が、二人の対称性をいっそう際立たせていて、本当に美しい文だなあと感じ入りながら読んでいました。
そして少し話は飛ぶのですが(対話ではないのですが)、ここでふと「対話統語論(dialogic syntax)」や「響鳴(resonance)」を思い出しました。﨑田(2010)は、対話統語論について「後の発話は先行する発話との関係性の中で存在している」と述べています。また、先行発話によって素地が提供され、続く発話に類似性が活性化される現象を「響鳴」と呼び、響鳴は構造・語彙・形態・音・意味・指示・発話の力など、あらゆるレベルで、繰り返しや変形、代入、言い換えによって生じるとまとめています。さらに、発話間の響鳴が参与者同士の相互作用的な提携を強め、逆にその提携が響鳴を強化するという点も指摘されています。
私が「美しいな」と感じる文章は、もしかすると、こうした意味での「一人で(あるいは自己の中で)響鳴している文章」なのかもしれない。そんなことを考えながら過ごした授業の時間でした。
参考
﨑田 智子(2010)「対話統語論における響鳴(resonance)の概念」同志社大学言語文化学会『言語文化』第12巻第4号,pp. 619–663.
Wilcox, Claire (ed.). (2007). The Golden Age of Couture: Paris and London 1947–57. London: V&A Publications. Chapter 6: “Dior and Balenciaga: A Different Approach to the Body” (pp. 138–154).