#146 世界を名づける
『Stranger Things』が終わったことが、いまだに信じられず、最終シーズンを何度も繰り返して見てしまっています。最終シーズンの シーズン5・第7話 では、これまでおなじみだった Upside Down だけでなく、新たに Abyss という世界の名前が登場します。
日本語字幕では Upside Down は「裏側の世界」と訳されている一方で、Abyss はそのまま「アビス」とカタカナ表記。意味が説明されるわけでもなく、感覚としてどう捉えればいいのか、少し引っかかりました。
さらにややこしいのは、このドラマが、現実世界には存在しない事物や生き物を説明する際に、ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D) の用語や世界観を下敷きにしている点です。その知識があれば、もっと直感的に理解できたのかもしれないと思うと、少し悔しくもあります。
Abyss という名前が仲間内で共有され、定着していくきっかけとなるのが、以下の Dustin の長尺のセリフです(括弧内は他のキャラクターの発言)。
So, this is Hawkins, and this is the Upside Down. We've always assumed the Upside Down was another dimension opened by Brenner, but it turns out it's actually a bridge. More specifically, an interdimensional bridge that rips through space-time.
(Wormhole.)
And this wormhole connects Hawkins to here, another world that I've coined the Abyss.
(Any particular reason?)
(A realm of pure chaos and evil.)
(I'm sorry?)
(D&D).
I believe this Abyss is the true home of the Demogorgons, the vines, the Mind Flayer—all the nasty shit we found in the Upside Down.
ここから、Abyss が「混沌と悪の世界」を指すこと、そして D&D に由来する名称であることが示されます。
実際、D&D 用語の解説サイトを見ると、Abyss は「混沌・悪(chaotic evil)の属性を持つ次元で、多数のデーモンたちの本拠地」と説明されています。
では、そもそも abyss という語は、どんな意味をもっているのでしょうか。OED を引いてみると、古い用法として次のような意味が並んでいます。
・天地創造以前の、形をもたない原初の混沌
・地の下にあると想像された巨大な水の塊
・底知れぬ深淵、冥界や地獄
これらをまとめると、abyss とは「世界や秩序が成立する以前、あるいは世界の下層に想定された、原初の深淵」といったイメージをもつ語だと言えそうです。
さらに16世紀以降には、「回復が不可能、あるいはきわめて困難な状態」といった 比喩的用法 も加わっていきます。場所を表していた語が、そのまま「状況」や「状態」を表すようになるわけです。
ドラマの中での命名は、その後、愛称として定着していくことも多く、音や響きも含めてとても重要だと感じます。Abyss もまた、意味の重なりや響きごと、Stranger Things を強く想起させる語として、私の「頭の中の辞書」にしっかりインプットされました。
*日本語版公式サイトより(https://dnd-jp.com/beginners/)
ダンジョンズ&ドラゴンズ ロールプレイング・ゲームは剣と魔法の世界における物語のゲームです。そこにはいくぶん、子どものごっこ遊びに似た要素があります。ごっこ遊びと同じように、ダンジョンズ&ドラゴンズもまた、想像の力が原動力です。嵐吹く夜空のもとにそびえる城を思い描き、そこに待つ数々の危険に、勇敢な冒険者がどうやって立ち向うかを想像する――そんな遊びなのです。
参考
https://dnd-jp.com/beginners/
https://dungeonsdragons.fandom.com/wiki/Abyss
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[OED(Oxford English Dictionary)] [翻訳]