#28 聞き手を再考する
昨日(9/6)参加した社会言語科学会のシンポジウムでは、「疑似インポライトネスとしての毒舌キャラの発言」をテーマにした佐藤亜美先生のご発表を拝聴しました。
テレビ番組で毒舌キャラが吐くインポライトな言葉が、会話の相互行為の中で冗談として受け取られ、笑いに昇華されていく様子を丁寧に分析したものでした。毒舌はそのままでは不快になりかねないものですが、出演者どうしのやりとりや観客・視聴者の反応によって「見せかけのインポライトネス(疑似インポライトネス)」として成立していくのだと示されていました。
特に印象的だったのは、聞き手が多層的に存在するという点です。実際に毒舌を向けられる相手(Addressee)、それを冗談として即座に笑いに変える出演者(Auditor)、さらにはテレビを見ている視聴者。コロナ禍で観覧客がいない状況や、SNSでの反応(肯定的なツイートなど)も紹介され、毒舌が全体的に好意的なコミュニケーションとして理解されるプロセスが描かれていました。
このとき参照されていたのが、石部(2023)と、その中で取り上げられていた Ladegaard (1995) の研究です。Ladegaard は、Bell (1984) の audience design を発展的に捉え直しています。Bell は、それまで「話し手が自分の発話にどれだけ注意を払うか」(Labov 1972)で説明されていたスタイル変異を、聞き手の存在に大きく左右されるものと捉え直しました。聞き手は known / ratified / addressed の3軸で整理され、中心にいる addressee の影響が最も強く、auditor、overhearer へと遠ざかるにつれて影響力は弱まるとされています(Fig. 1のように円で示され、聞き手の種類によってSpekaerとの距離が変化する)。
Ladegaard は、デンマークの高校で、教師と生徒のインタビューに他の生徒を傍聴人(auditors)として参加させ、標準語と方言の切り替えを分析しました。その結果、生徒たちは教師(addressee)に合わせるよりも、同級生(auditors)に向けて方言に切り替える場面が多かったのです。仲間から承認を得たいときや、仲間からの笑いや相槌を得たときに方言へのコードスイッチングや方言使用の継続が観察され、“the auditor(s) may be just as important as the addressee in influencing speaker's style variation” (p.98) と述べられています。
Ladegaardは、Bell が描いた固定的な「役割の階層性」では説明できない動的さを指摘し、addressee・auditor・overhearer の影響力は、状況や力関係、人数構成(仲間の数が教員より多い)によって変化し、話者は常に誰に合わせるかを切り替えていると主張しています。その結果、LadegaardはFig.2のようにその場に居合わせる全ての聞き手を等間隔に置いた形でのオーディエンスデザインを展開しています(“whenever a person is known to the speaker he or she is a potential influence” )。
テレビの場合はさらに複雑で、そこに存在しないはずの視聴者(eavesdropper 的な存在)さえ意識しなければならないでしょう。炎上を避けるための言葉選びなどは、まさに「存在しないが想定される聞き手」との関係に他なりません。
Bell からは「聞き手がいかに大きな存在であるか」を、そして Ladegaard からは「その影響を柔軟に捉える必要があること」を考えさせられました。
参考
佐藤亜美 2025 「疑似インポライトネスとしての毒舌キャラの発言」『言語の遊戯的使用 ―冗談・からかい・疑似インポライトネスの多様性―』シンポジウム発表
佐藤亜美 2025 書評「大塚生子・柳田亮吾・山下仁(編著)『イン/ポライトネス研究の新たな地平 ―批判的社会言語学の広がり―』三元社,2023」『社会言語科学』第27巻第2号,80-85頁.
Bell, A. (1984). Language style as audience design. Language in Society, 13, 145–204.
Labov, W. (1972). Sociolinguistic Patterns. Philadelphia: University of Pennsylvania Press.
Ladegaard, H. J. (1995). Audience design revisited: Persons, roles and power relations in speech interactions. Language & Communication, 15(1), 89–101.
keywords
[ポライトネス] [オーディエンスデザイン] [パブリック] [コードスイッチング] [方言]