#26 盗んで覚えて変化して
昨日は、地球ことば村の9月のことばのサロンにて、角悠介さん(ルーマニア国立バベシュ・ボヨイ大学)の「ルーマニア語の呪文〜ことばの力、その先の力を考える」というお話を伺いました。角先生のご著書『呪文の言語学: ルーマニアの魔女に耳をすませて』をベースにした内容で、私にとって初めて触れる「魔女」や「呪文」の世界でした。
まず驚いたのは、自分がこれまで抱いていた魔女や呪文のイメージが、いかにフィクションに偏っていたかということです。魔女は超人的な力を持つ存在、呪文は物語の中だけのもの、そう思い込んでいました。ところが角先生によれば、ルーマニアでいう魔女は、村など小さな共同体の中で生活の知恵を持つ人のこと。たいていは貧しく、魔術は生活のマイナスをゼロに戻すためのもので、たとえば日照りが続いたときに雨を呼ぶような祈りがそれにあたるのだそうです。すでに生活基盤のある人がその先の欲望を満たすために魔術を使うという西洋的なイメージとは異なるとか。
また、西欧で行われた魔女狩りと東欧での状況の違いも印象的でした。カトリックやプロテスタントの宗教背景を持つ西欧とは異なり、東方正教の地域では組織的な魔女狩りは起こらず、今もなお魔女が存在しているといいます。
特に興味深かったのは、呪文の伝承の仕方です。呪文は「教わる」というより「盗んで覚える」もの。そのため、聞き取りづらい部分が人によって変化してしまうのですが、それもまた呪文の本質。道具が使う人になじんで初めて力を発揮するように、呪文も変化しなければ効力を失うと考えられているのだそうです。識字率の低さの問題から、口伝や暗記によって形を保ってきたことも要因として挙げられます。
お話を聞きながら、フィクションの中で超人的に描かれる魔女や呪文も、実は私たちの生活と地続きの存在ではないかと感じました。知恵を持つ者の異質性が魔女を成り立たせ、その言葉が人から人へと伝えられ、人々がその時々の呪文(とその効力)を信じてきた歴史。普通のことばではないけれど、生活に根を下ろしてきた呪文は、言語が習得と変化を通して生き続ける営みを映し出しているようにも思え、ことばの本質を考える上でも示唆的なツールとなり得るのではないかと感じました。
参考
https://www.chikyukotobamura.org/home.html