#51 呼称から考えるコミュニケーション
担当している社会言語学の授業の初回では、言語がその使用や社会的文脈と切り離せないことを示す身近な例として、「自称詞(自分をどう呼ぶか)」と「対称詞(相手をどう呼ぶか)」を取り上げています。両親、兄弟姉妹、親戚、友人、先輩・後輩、教員などを例に考えてもらうと、学生たちからさまざまな具体例が出てきます。
たとえば、「家族の前では自分の名前で自称するけれど、大学では『私』を使う」とか、「兄は『お兄ちゃん』で、妹は名前で呼ぶ」とか。「先輩のことは〇〇先輩、後輩は〇〇ちゃん」と呼ぶなど、場面や相手によって言葉の選択が大きく変わります。また、「LINEでは自称詞をころころ変えて楽しんでいる」と言う学生や、「両親の前では『ウチ』『わし』を使う」「両親を名前で呼ぶ」といった少数派の声もありました。
こうした話をするときによく紹介するのが、鈴木孝夫先生の『ことばと文化』です。鈴木先生は、日本語の自称詞と対称詞には整然とした規則があると述べています。それは「目上」と「目下」という対立概念に基づくもので、親族間の呼称パターンが社会的コンテクストへも拡張可能だと指摘しています。
具体的には、
話し手は目上にあたる親族に人称代名詞で呼びかけることができない(例:父親に「あなた」とは呼べない)。
目上は親族名称で呼ぶのが普通(例:「お母さん」「おじいさん」)。
目上を名前だけで直接呼ぶことはできない。
目上に対しては自分を名前で呼ぶことができるが、目下にはしない(例:娘が母親に「良子これ嫌い」と言うことはあるが、母親が娘にそうは言わない)。
目下に対しては、自分を相手の立場から見た親族名称で呼ぶことができるが、目上に対してはできない(例:兄が弟に「兄さん」と言うことはあるが、弟は兄に「弟ちゃん」とは言わない)。
また、金谷先生の講演(実際に聴きに行きました)でも、日本語と英語やフランス語の違いが印象的に語られていました。英語やフランス語では「I」と「you」が上下の差なく使えるのに対し、日本語では上記のパターンのように対人関係の上下が言語選択に大きく影響します。(これは1と関連しますが、英語を学習し始めたばかりの頃、先生に対してyouを使うことに違和感を感じた覚えがあります。)
こうした例を通して、「社会の中でことばを考える」ということが、実はとても身近なテーマであることに気付いてもらえればと思っています。ただ、この本が書かれてからすでに50年近くが経ち、現代の学生たちの自称詞・対称詞の使い方には新しい様相も見えてきます。そこから「いまのコミュニケーション」や「人と人のかかわり方」について考えてみるのも、また面白いのではないかと思っています。
参考
https://youtu.be/8tNZII5IjCo
鈴木孝夫(1973)『ことばと文化』岩波新書