#48 言いたくても言えない
シャーロック・ホームズのシリーズを、院試の勉強もかねて読んでいたことがあります。そのとき特に気になったのが、「歩き方」に関する表現の多さでした。記憶は曖昧ですが、歩き方の違いが犯人像や人物の心情を表す手がかりとして用いられていた場面が多かったのだと思います。
そしてそれが強く記憶に残っているのは、また別の理由があります。というのも、他の単語は分かっても「歩き方」を示す英語の単語は調べないと分からないことが多く、そもそも「歩くこと」に関わる表現だと予想できないケースすらあったからです。
その背景には、日本語と英語で「移動表現」の示し方に大きな違いがあることがあります。この違いについては、小原(2007)の『移動表現の日英比較』が分かりやすく、授業でもよく使っています。小原によれば、日本語と英語には類型的な違いがあり、その一因は「どの種類の移動動詞が多いか」という点です。
移動動詞には大きく二種類あります。ひとつは移動の方向性を内在的に含意する「有方向移動動詞」(例: advance, fall, descend, 向かう,上がる, 降りる)、もうひとつは移動の様態を表す「移動様態動詞」(例: jump, skip, toddle, 走る, 飛ぶ, うろつく)です(上野・影 2001)。さらにTalmy (1985, 1991) が指摘するように、英語は経路を前置詞や不変化詞で表す「衛星枠づけ言語(satellite-framed language)」(roll down)であり、日本語は経路を動詞の中に融合させる「動詞枠付け言語(verb-framed language)」とされます(転がり落ちる)。こうした特徴から、英語では移動様態動詞が多く、日本語では有方向移動動詞が多い傾向にあるとされます(Slobin 2005; 松本 1997, 2003)。
例えば「転がり落ちる(roll down)」という場面で、英語では roll という様態動詞を使いますが、日本語では「落ちた」という方向を示す主動詞に「転がり」を付け加えることで表す、といった違いが生まれるわけです。
小原は特に「歩く」の動作において日英語の違いがよく現れることを指摘し、英語の様態動詞が日本語でどのように表されるかを3分類しています。
a. 擬態語を用いる場合
こそこそ歩く (skulk, slink) / ちょこまか歩く (mince) / どしんどしん歩く (clump, stomp, stump, tramp) / とぼとぼ歩く (plod) / のしのし歩く (tramp) / ぶらぶら歩く (mosey, pad, ramble, saunter) / よたよた歩く (lollop, totter, waddle) / よろよろ歩く (dodder, shamble, stagger, stumble, toddle)
b. 副詞句や従属節を用いる場合
足をひきずって歩く (shuffle) / いばって歩く (prance, swagger) / 大股に歩く (stride) / 重い足取りで歩く (slog, traipse, trudge) / 気取って歩く (sashay) / 苦労して歩く (wade) / 隊をなして歩く (troop) / つま先で歩く (tiptoe) / のんびり歩く (amble) / びっこをひいて歩く (hobble, limp) / ぶざまに歩く (slouch) / 横に歩く (sidle)
c. 複合動詞などを使う場合
歩き回る (roam) / ハイキングする (hike)
たしかシャーロック・ホームズの中では plod, tramp, stride あたりを見かけたように思います。
こうして見てみると、日本語では擬態語を使って動作を修飾するケースが多く、移動表現以外にも同じ特徴が広がっていることが分かります。
オーストラリアでクラゲに刺され、腫れ上がった足を見てもらうために地元の小さな病院に行ったとき「ズキズキする・痛む(throb)」「チクチクする・痛む(prickle)」を言えず、何も説明できずに悔しい思いをしました。他にも「ゴクンと飲む(gulp)」「チラッと見る(stare)」「めそめそ泣く(weep)」など、オノマトペの多さが日本語の特徴として改めて感じられます(吉村 2007)。
吉村(2007)はこうした違いを「フォーカスの相違」として説明します。つまり、英語が異なる動詞を用いることで人(話し手)に主体を置くのに対し、日本語は副詞や擬態語を使うことで状況に主体を置くのだと。また『日英対照擬声語(オノマトペ)辞典』の編者は、「日本人の自然現象に対する感覚的繊細さ、ひいては自然に敵対するというよりは、自然に親しみ、それと合一しようとする日本人の精神構造と深いところで結びついている」と指摘しています。
移動表現ならまだしも、「痛み」のような危険な場面では、こうした類型的な違いを知っておくことが本当に重要です。贅沢を言うなら、それぞれの単語をしっかり知っていることが一番だな、と改めて感じます。
参考
Slobin, Dan I. (1996). Two ways to travel: verbs of motion in English and Spanish. In M. S. Shibatani & S. A. Thompson (eds.), Grammatical Construction: Their form and meaning (pp. 195-220). Clarendon Press.
Slobin, Dan I. (2005). Linguistic representations of motion events: What is signifier and what is signified? In C. Maeder, O. Fischer, & W. Herlofsky (eds.), Iconicity Inside Out: Iconicity in Language and Literature 4. John Benjamins.
Talmy, Leonard. (1985). Lexicalization patterns: Semantic structure in lexical forms. In T. Shopen (ed.), Language Typology and Syntactic Description Vol. III: Grammatical Categories and the Lexicon (pp. 57-149). Cambridge University Press.
Talmy, Leonard. (1991). Path to realization: A typology of event conflation. BLS, 17, 480-519.
上野誠司・影山太郎 (2001). 「移動と経路の表現」影山太郎編『日英対照 動詞の意味と構文』40-68. 大修館書店.
松本曜 (1997). 空間移動の言語表現とその拡張. 田中茂範・松本曜『空間と移動の表現』, 125-230.
松本曜 (2003). タルミーによる移動表現の類型をめぐる問題--移動の意味論 (1). 明治学院論叢, (695), 51-82.
小原真子 (2007). 移動表現の日英比較: 小説とその翻訳を題材に (西光義弘教授還暦記念号). 神戸言語学論叢, 5, 161-174.
吉村耕治 (2007). 色彩語を含む共感覚表現に見られる日英語の文化的相違: 共感覚現象の意味・日本語オノマトペの状況中心性. 関西外国語大学研究論集, 86, 40-68.
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[移動動詞] [類型] [オノマトペ]