#45 翻訳を重ねる
昨日紹介した企業の Global Text の取り組みは、多言語展開を前提に、機械翻訳しやすい英語を使うというものでした。これは翻訳を重ねていく仕組みであり、「重訳(relay translation)」と呼ばれます。
井上(2017)は、『となりのトトロ』における「いただきます」の聴覚障害者用字幕を例に挙げています。1993年の Streamline 版の "Michiko will be jealous!" や 2006年の Disney 版の "Mark, get set, go!" に比べて、字幕版では "Look delicious" という無難な訳が採用されていました。ここには、重訳を想定し、ローカル化された英訳台本と、そこから各国語に翻訳される台本の両方が準備されていた可能性があると指摘しています。
「重訳」という用語は通訳翻訳研究でよく見られます。Nguyen (2013) は St. André (2009) の定義を紹介し、重訳を「翻訳されたテクストをさらに別の言語へと翻訳すること」と説明し、間接翻訳と並列させています。
この「間接翻訳」といえば、国際ニュース報道が典型的な例として挙げられます。 坪井(2017)は、新聞記事が似通う背景には、情報源がほぼ同じであることを指摘しています。実際、現在の国際ニュースはAP、AFP、ロイターという三大通信社が事実上支配しており、とりわけ英語で発信される情報が欧米主要メディアを通じて世界に広まります。各地域ではそれをもとに選択・編集・翻訳が重ねられ、最終的にニュースの談話が出来上がるのです。結果として、記事全体とまではいかなくとも、その大部分が引用と翻訳で構成されていることになります。
さらに坪井(2017)は、メディア翻訳における背景として、新聞記事が似通うのは情報源が同じだからだと述べています。現在、国際ニュースを事実上支配しているのはAP、AFP、ロイターの三大通信社であり、とりわけ英語で発信される情報が欧米主要メディアを通じて世界に広まり、各地域ではそれをもとに選択・編集・翻訳が行われています。結果として、国際ニュース報道は記事全体とまではいかなくても、その大部分が引用と翻訳で構成されているというのです。
考えてみると、これはかなり恐ろしいことです。まずは通信社が情報を切り取り、そのうえ翻訳の過程でさらに切り取りが加わる。そして受け手である私たちも、無意識のうちにその視点で物事を理解してしまう可能性があるのです。
参考
Nguyen, T. T. (2013). ベトナムにおける日本文学の重訳―歴史的背景と異文化要素の翻訳―. 『通訳翻訳研究』, 13, 79–95.
井上逸兵 (編). (2017). 『朝倉日英対照言語学シリーズ 発展編1 社会言語学』. 東京: 朝倉書店.
- 第3章 坪井睦子「メディア翻訳の社会言語学」pp. 43–57.
- 第6章 井上逸兵「字幕・吹替訳ディスコースの社会言語学」pp. 107–122.
St André, J. (2009). Relay. In M. Baker & G. Saldanha (Eds.), Routledge Encyclopedia of Translation Studies (pp. 230–232). London: Routledge.