#43 何を翻訳するか
後期の授業が始まりました。夏休み明けということで、まずは簡単なスモールトークや、夏休みのベストショットを1枚見せながら3文ミニプレゼンをしてもらっています。
久しぶりに英語に触れたという学生も多かったので、今日は翻訳機能の使用を認めました。ただ、伝えたい内容はわかっても、選ばれている語がやけに難しかったり、直訳的すぎて一度聞いただけでは理解しにくかったりと、翻訳を上手に使いこなすのも簡単ではないのだと改めて感じました。もちろん、ChatGPTに「〇〇の状況で、より自然な言い方で」と背景を指示すれば、かなり自然な訳が返ってきますが、そこまでする必要性を感じない学生も少なくないようです(もちろんレベルによってかなり差はあります)。
学生たちの今日の翻訳は、言いたい内容そのもの(what is said)はしっかり含まれているので「言及指示的機能」は果たしているといえます。しかし、相手との関係性を考慮したり、この状況でどのレベルの語を選ぶのが適切かを判断したりする「社会指標的機能」が欠けているのです。言語行為におけるこの二つの機能の違いを理解し、さらにChatGPTなどを使うときには社会指標的機能も反映されるように指示を工夫する必要があると感じました。(言及指示的機能、社会指標的機能については坪井 2012, Silverstein 1976を参考)
そのためには、状況を「内容」と「文脈」に分けて捉える力、そして出力された訳が適切かどうかを見極める力が欠かせません。
たとえば英語の語彙は、歴史的に3層構造になっているといわれます。英語本来語(古英語)の help、ノルマン征服以降に入ったフランス語由来の aid、そしてルネサンス期に流入したラテン・ギリシア語由来の assistance がその典型です。日常会話と学術論文など、使用域(register)によってこれらは使い分けられています。たとえば「助けて!」の場面では、感情的・日常的に Help me! が自然であり、Aid me! や Assist me! では緊急性が十分に伝わりません(堀田 2016)。
いくら機械翻訳が発達しても、まだ「察してくれる」ほどの精度はありません。やはり翻訳を使いこなすには、その背後にある知識や文脈理解が欠かせない、そう改めて感じた一日でした。
参考
堀田隆一 (2016) 『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』 研究社.
坪井睦子 (2012) 「グローバル化とメディア翻訳 社会記号論系言語人類学の切り開く新たな地平」『翻訳研究への招待』7, 41-59.
Silverstein, M. (1976). Shifters, linguistic categories, and cultural description. In K. H. Basso & H. A. Selby (Eds.), Meaning in anthropology (pp. 11-55). Albuquerque, NM: University of New Mexico Press.
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[言及指示的機能] [社会指標的機能] [使用域] [翻訳]