#23 見慣れない店名に思う
今年6月にオーストラリアを訪れた際、物価の高さに驚かされ、食事にはファストフードを利用することが多くありました。ある日、遠くに見慣れた色合いの看板が目に入り、「バーガーキングだ」と思って近づいたのですが、そこに掲げられていたのは「Hungry Jack’s」という名前でした。戸惑いつつ店内に入ってみると、そこにはワッパーなどの見覚えのあるメニューを確認することができ、「やはりバーガーキングだ」と安心しました。
なぜオーストラリアでは名前が違うのでしょうか。実は、店舗や商品の名称は自由に決められるわけではありません。あまりに自由であれば、他の商品と名前が似て消費者が区別できなくなったり、誤って購入してしまったり、場合によっては営業の妨害につながることもあります。こうした問題を防ぐために有効なのが、名称を商標として登録することです。
堀田によれば、商標とは「サービスや商品につけられた名前」を指し、「それが即座にどの業者によるものかが分かる」ことを目的としています。さらに、商標は国語や公用語を定める国家機関ではなく、司法――すなわち裁判所の判断や法律――を通じて一種の言語政策が行われている点で興味深いとされています。
商標において重要なのは「識別力」です。識別力が最も高いのは、独創的な造語(例:KODAK)や、商品と直接の関連がない恣意的な名称(例:パソコン製品にAPPLE)です。逆に、商品そのものを普通名称で表した場合(例:車に「車」)は識別力が極めて低く、商標には不向きとされています。Shuy (2002)は、この識別力を次のような連続体として示しています。
普通名称的 → 記述的 → 暗示的 → 恣意的 → 独創的
この違いは、言語学における「協調の原理」(Grice 1975)によっても説明可能です。協調の原理とは、会話参加者が円滑な意思疎通を行うために前提としている原則で、以下の四つの公理から成り立っています。
量の公理:情報は多すぎず、少なすぎず与えること。
質の公理:虚偽だと分かっていることは述べないこと。
関連性の公理:話題に関係のないことは述べないこと。
様態の公理:明確に、簡潔に、秩序立てて述べること。
識別力が高い商品名は、これらの公理をあえて「違反」することで強い印象を生み出します。例えば「APPLE」という名称は、果物とコンピュータに直接の関連がないため「関連性の公理」に反しています。しかし、その一般的でない結びつきこそが独自性を生み、強い識別力へとつながっているのです。
オーストラリアの場合、「Burger King」という商標はすでに別の店舗が16店展開していたため使用できませんでした。そこで、フランチャイズを推進したJack Cowinの名前を取り入れ、「Hungry Jack’s」として展開されることになりました。これは「おいしい水」では商標として弱くても、「明治のおいしい水」であれば識別力が生まれるのと同じ仕組みです。Hungryは食欲を想起させる暗示的な要素であり、Jack’sは人名として識別力を補っています。
このように、商品の名前ひとつからも言語について多くの示唆を得ることができます。
うーん…ダブルベーコンチーズバーガーが恋しくなってきました。そして、オニオンリングも…。
参考
堀田秀吾 (2017). 法と言語. 井上逸兵 (編), 『社会言語学』 (朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]). 朝倉書店.
Shuy, R. W. (2002). Linguistic battles in trademark disputes. Oxford University Press.
Grice, H. P. (1975). Logic and conversation. In Cole, P. & Morgan, J. (Eds.), Syntax and Semantics, Vol. 3: Speech acts (pp. 41–58). Academic Press.
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[商標] [協調の原理] [識別力]