#39 ファティック〇〇
そろそろ後期が始まるので、授業をどのように進めようかイメージしはじめています。昨年からは、多くの英語の授業で、最初にスモールトークの時間をとるようにしてきました。
井出(2014)は、アメリカ社会におけるスモールトークについて、Oxford Dictionary of English(2Ed.)の "polite conversation about unimportant or uncontroversial matters" という定義をもとに、「些細でとるに足らない『ちょっとしたおしゃべり』や『雑談』」を総じて指すと述べています。また、スモールトークの研究はマリノフスキー(1927)の 交感性(phatic communion) の概念に端を発しており、日常的なあいさつや天気の話題、ゴシップといったおしゃべりが、単なる情報伝達や合意形成にとどまらず、人間関係の維持や確認、話者間の親密さの指標として機能することが報告されてきたと述べています(Laver 1975; Cheepen 1988; Schneider 1988など)。
井出はさらに、日本社会とアメリカ社会における違いにも触れています。たとえば、日本では公共の場で見知らぬ人の持ち物を褒めたり、飛行機で隣に座った人の会話に割り込むといった行為は憚られる一方、アメリカ社会ではそれが自然に見られる。つまり、スモールトークはアメリカ社会の公共性の概念や規範意識に支えられた営みであると指摘しています。
井上(2015)も phatic communion(あるいは phatic communication、交話的コミュニケーション)について「今日はいい天気ですね」といった例を挙げ、ことばを交わすこと自体に意味があり、内容はそれほど重要ではないやりとりだと説明しています。ポライトネス理論で言えば、お互いの連帯の願望を満たすための行為として理解できるものです。
最近は、この phatic communication を SNS やオンラインでのやりとりに結びつけた研究も見られます。たとえば Radovanovic & Ragnedda (2012) は “phatic posts” という概念を提示し、Facebook の「いいね」や「poke」も交感的な機能を持つと論じています。さらに Twitter の事例として、①相槌的な表現(yes, lol, <3 など)、②日常のささいな出来事の報告(「アイス食べてる」など)、③若者の secret language(仲間内の言語)、④存在を示すメッセージ(ステータス更新など)という4つのタイプを挙げています。
一方、Yus (2019) は “phatic effects” という言葉で、インターネット上のやりとりが、意図的な情報伝達以上に、感情やつながり、承認といった非命題的な効果を生み出すことを指摘しています。
前にも雑談の重要性について触れましたが、授業の中でもこうした phatic な側面をもっと意識して展開できればいいなと思っています。
参考
Yus, F. (2019). A cognitive pragmatics of the phatic Internet. Lodz Papers in Pragmatics, 15(1), 3–28.
Radovanovic, D., & Ragnedda, M. (2012). Small talk in the digital age: Making sense of phatic posts. In #MSM2012: 2nd Workshop on Making Sense of Microposts (pp. 10–13). Lyon, France.
井出里咲子 (2014). スモールトークの公共性: アメリカ社会におけるおしゃべりとその詩的機能をめぐって. 『論叢: 現代語・現代文化』, (12), 87–101.
井上逸兵 (2015). 『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』 慶應義塾大学出版会.
Malinowski, B. (1927). The problem of meaning in primitive languages. In C. K. Ogden & I. A. Richards (Eds.), The meaning of meaning: A study of the influence of language upon thought and of the science of symbolism (pp. 296–336). London: Kegan Paul, Trench, Trubner & Co.
Laver, J. (1975). Communicative functions of phatic communion. In A. Kendon, R. M. Harris, & M. R. Key (Eds.), The organization of behavior in face-to-face interaction (pp. 215–238). The Hague: Mouton.
Cheepen, C. (1988). The predictability of informal conversation. London: Pinter Publishers.
Schneider, K. P. (1988). Small talk: Analysing phatic discourse. Marburg: Hitzeroth.
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[交感的コミュニケーション] [スモールトーク] [ポライトネス]