#38 小さな驚き
朝ドラ『あんぱん』では、驚きを表す高知弁の「たまるか~!」や「たま~」といった表現が出てきてちょっとしたブームになっているようです。最近私は「ミラティビティ(mirativity)」という概念を勉強しているのですが、こうした「たまるか~」や英語の間投詞 wow などは語彙として驚きを示すものです。一方で、言語によっては文法マーカーそのものが驚きを表す場合もあります。
実際、Scivoletto(2025)によれば、Aikhenvald(2012)は
A clear line is drawn, between grammar and lexicon.(文法と語彙のあいだには明確な区別が引かれている。)
と述べ、驚きを文法的に示すのか語彙で示すのかを明確に区別する立場をとっていることを指摘しています。Scivoletto(2025)は、Aikhenvald(2012)を受けて、その区別を以下のように説明しています。
Grammatical marking can be realized through independent means, and this corresponds to proper mirativity, or through other means, corresponding to mirrative strategies.(文法的標示は独立した手段によって実現される場合、proper mirativity に対応し、その他の手段による場合は mirrative strategies に対応する。)
また、ミラティビティとは the grammatical marking of unexpected information(予想外の情報を文法的に標示すること)であり、似てはいるものの、情報源を示す evidentiality(証拠性)とは区別されています。Aikhenvald(2012)によれば、ミラティビティには次の5つの意味があるとされます。
(i) sudden discovery, sudden revelation or realization(突然の発見・気づき)
(ii) surprise(驚き)
(iii) unprepared mind(準備のない心の状態)
(iv) counterexpectation(予想外の事態)
(v) new information(新しい情報)
この領域の研究は英語よりも他言語で盛んで、DeLancey はチベット語、Scivoletto はシチリア語を対象にしています。Scivoletto はミラティビティの説明に際しトルコ語の動詞の屈折がミラティビティを表す例を示しています。
(1)
a. Kemal gel-di / Kemal come-PST
‘Kemal came’
b. Kemal gel-miş / Kemal come-MIR
‘Kemal came!(来てたんだ!)’
また、熊切(2023)はアラビア語チュニス方言において、未完了形が「異常な事態が非常に短い時間に生起した」場面でのみ使用され、その後の語りは完了形に戻ることから、未完了形の使用とミラティビティ性を結びつけています。
日本語についても少し調べてみると、佘(2024)は補助述語「ノダ」に注目しています。先行研究によれば、「ノダ」は話し手が発話現場で得た情報をその場で発話し、話し手の驚きを伝達する場合に用いられるとされ、この「発見」用法の「ノダ」をミラティビティ標識として扱っています。
例:「ここにいたんだ」(Ikarashi 2015)
簡単に理解したつもりになるのは憚られますが、文法形式のように一見無機質に見えるものや、「たまるか~」のように誰でも気づける分かりやすい表現とは違って、無意識に使われたり、見過ごされてしまうものの中にも、実は話し手の気持ちを読み解く手がかりが潜んでいると考えると言葉を見るのが楽しくなります。そうした機微に敏感になれるように、自分の言語観も磨いていきたいです。
ミラティビティについては、これからさらに理解を深めていこうと思います。
参考
熊切拓 (2023). アラビア語チュニス方言の語りにおける未完了形のミラティブ用法. 帝京科学大学紀要, 19, 41-48.
佘暁宇 (2024). ミラティビティ標識としての日本語の補助述語「ノダ」および中国語の語気助詞“啊”の対照研究. 名古屋大学人文学フォーラム, 7, 405-420.
Scivoletto, G. (2025). Mirativity as a semantic notion: The trajectory and status of Sicilian bì. In Expressing Surprise at the Crossroads (p. 179).
Aikhenvald, A. Y. (2012). The essence of mirativity. Linguistic Typology, 16(3), 435-485.
Ikarashi, K. (2015). The Japanese sentence-final particle no and mirativity. Tsukuba English Studies, 34, 79-98.
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