#32 少し残酷な言葉遊び
今朝の『サン!シャイン』で、「たくぼる」という新しい言葉が小・中学生の間で流行していると紹介されていました。静岡県伊東市の田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑が長引いた影響で、「嘘をつく」という意味で地元の子どもたちが使うようになったそうです。ニュース記事では「お前、タクボったな〜」といった用例が紹介されていました。
こうした新しい動詞は、動詞化接尾辞「一る」によって造られるパターンのひとつです(堀尾 2008)。新語は、文法機能を担う機能語(冠詞や前置詞など)に比べて、意味をもつ内容語のほうに多く現れやすいことが知られています(野村 2014)。
宇野(2021)は、生成文法が心を「機械」としてみなすのに対し、認知言語学は心と身体を切り離さず、人間の心が持つ複雑さや余剰性を切り捨てない理論であると紹介しています。助数詞「本」が「鉛筆一本」のように典型的に細くて長い形のあるものだけでなく、「ヒットを2本打つ」「論文を3本書く」のように形のないものにも拡張される例は、その余剰性の一つとして紹介されています。新語もまた、「一見無駄に見えるような余剰な言語活動」が遊び心に支えられて生まれる可能性があるとされます(Tsujimura & Davies, 2011; 米川, 1998)。
実際、新動詞の多くは必ずしも必要から生まれるわけではなく、「ググる」「プヨる(プヨプヨと太る)」「ガソバル(頑張る)」などの例が挙げられます。宇野は、新しい動詞の生成を支える要素として三つを挙げています。
① 話者が言葉の形や質感に注目し、それを楽しむこと
② 会話の最中でも、あえて独り言のように自分だけに分かる部分に目を向けること
③ そのように私的に生まれた語が、実は他者と共有されうる可能性
とくに③について宇野は、「不確かな共有」と呼んでいます。これは、語をつくる側は受け手をあまり意識していないように見える一方で、受け手はむしろ語のつくり手に注目している、という非対称な関係を指します。宇野は、このズレこそが言葉の広がりを支え、多くの創造的な活動の基盤になっていると述べています。
今回の「タクボる」も、まずは伊東市や周辺で、ニュースを見た人たちの間で使われはじめたと考えられます。事情を知らない人からしたら何のことか分かりません。本日テレビ番組で紹介され、さらにネット記事にも載ったことで、使用は全国に広がるきっかけを得ました。今後、言葉遊び的に使われる人が増え、本来の由来を忘れたまま定着していく可能性もあります。(たとえば人名が新語に関わる例では「ボイコット」が挙げられます。19世紀アイルランドの農民運動に関わったイギリス陸軍大尉チャールズ・ボイコットの名前に由来していることを、現代の多くの人は意識していないと思います。)
この「タクボる」も、はたして一過性の流行語に終わるのか、あるいは定着していくのか・・・。動向を見守りたいと思います。
参考
宇野良子 (2021) 『認知言語学から考える言葉の生命性』 認知科学, 28(2), 242-248.
Tsujimura, N., & Davis, S. (2011). A construction approach to innovative verbs in Japanese. Cognitive Linguistics, 22(4), 799-825.米川明彦 (1998) 『若者語を科学する』 明治書院.
野村益寛 (2014) 『ファンダメンタル認知言語学』 ひつじ書房.
堀尾佳以 (2008) 「動詞化接尾辞『-る』について」 『比較社会文化研究』, 23, 83-91.
「小学校で『タクボる』が流行」「ふるさと納税にも打撃」“学歴詐称”で窮地の伊東市・田久保眞紀市長がすがる“起死回生の陰謀論”とは (2025年9月7日). Yahoo!ニュース.
https://news.yahoo.co.jp/articles/1972f513afe04b8a36baed61ced5c39305262038
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