#13 もしもし、読んでいただけますか?
8月22日の『チコちゃんに叱られる』では、「電話で『もしもし』と言うのはなぜか?」という話題が取り上げられていました。答えは「『おいおい』が不快だったから」というもの。その由来については、辞書編纂者の飯間浩明さんが解説されていました。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で辞書編纂の壮絶な過程を見て衝撃を受けたことを思い出します。
「もしもし」は、もともと呼びかけの言葉「おいおい」にさかのぼるそうです。当時(電話開通は1876年)、電話を持つのは上流階級に限られていて、相手に繋がる前に交換手に呼び出したい相手を伝える仕組みでした。その交換手はアルバイト学生が多かったため、「おいおい」で十分だったとのこと。
しかし、交換手が男性から女性へと徐々に移っていくなかで、「おいおい」という乱暴な言葉は使いづらくなり、やがて「申し上げます」(=これから話します、の意)から「申し申し」、そして縮まって「もしもし」へと変化していったそうです。二回繰り返すのは、当時の電話が雑音も多く、聞き取りにくかったことと関係しているといいます。
チコちゃんの問いが問いとして成立していることを考えると、多くの人が、普段何気なく使っている「もしもし」の意味を考えたことはなかったのではないでしょうか。実際、「申し上げる」のニュアンスは私たちの意識から消え、今ではビジネスの世界で「もしもし」はカジュアルすぎて不適切とされています。本来あった丁寧さが感じられなくなり、呼びかけ語としての「もしもし」は内容を失った無機質な言葉、いわば機能語のような働きに近づいているようにも思えます。ビジネスの電話応答についての記事(2025年7月)では、電話を受ける側は「お電話ありがとうございます」「はい、〇〇です」など、かける側は「お世話になっております。〇〇です」「お忙しいところ失礼いたします」といった表現が適切とされていました。
こうした変化は、「意味の漂白(bleaching)」や「文法化(grammaticalization)」といった現象と重ねて考えることもできそうです。たとえば be going to は、もともとは「~するために行く」という意味でしたが、やがて「~するつもり」という未来表現に変化し、「行く」という原義を失って like や think といった「行く」と関係のない動詞とも自由に共起できるようになりました。これは文法化の進行や意味の漂白の典型例といえるでしょう(説明については茨木 2023、堀田 2015 を参考)。
「もしもし」の語源から、こうした文法化や意味の漂白にまで話を膨らませて考えてしまいました。管見の限りでは、意味の漂白や文法化として「もしもし」を扱っている研究は確認できませんでした。
今、当たり前に使っていることばも、これからどのように変化していくのか。できる範囲でアンテナをはりながら見届けていきたいと思います。
追記:それにしても、テレビをぼーっと見ているときに、考えたこともなかった事象に出会えるというのは面白いことです。アルゴリズムに基づく自動のおすすめ表示や、自分からネットで探しにいくのでは得られない情報が、思いがけず入ってくる。そういう意味では、テレビは本屋に近いのかも。かつては最新のメディアだったテレビも、今ではどこかアナログに感じられる存在。そのアナログさゆえに生まれる偶然の出会い・・・やっぱりテレビ、最高。
参考
関西学院大学 人間福祉学部「Vol.16 なぜ be going to が未来の意味を持つのか~言語における文法化~(茨木正志郎 准教授)」(2023年10月13日掲載)
MediaVoice「ビジネス電話対応で『もしもし』はNG?正しい第一声と適切なフレーズ集」(2025年7月21日更新)
#2106.「狭い」文法化と「広い」文法化 https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2015-02-01-1.html
電話交換手とは|成り立ちと電話取次担当者を導入するメリットhttps://denwadaikou.jp/column/denwadaikou/000153/
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[漂白] [文法化] [呼びかけ語][機能語]