#11 明かすことと隠すこと(1)
ブックログの方で、瀬戸内寂聴の『あきらめない人生』の「みそかごと」という話を印象に残った箇所として紹介しました。
そこでは、披露宴で二人の関係をオープンにすることで、かえって未知なるものに感じるわくわくや興味を失ってしまう。逆にいえば、みそかごとに惹かれる私たちの性(さが)について書かれていました。
たしかに、すべてを共有してしまうと面白くない、というのは分かります。ただ、一方で、すべてを隠されてしまうと寂しいというのもまた人間ではないでしょうか。実際、言語学でも「自己開示(self disclosure)」という概念があります。
全(2010)は、自己開示を「他者に、自己に関する情報を、言語を介して伝達する行為」と定義しており、続けて、「適切な自己開示はよりよい人間関係の形成と維持に必要なものである。一方、不適切な自己開示は相手に否定的な印象を与え、対人関係から得る満足を低下させてしまう恐れもある。」
と述べています。つまり、自己開示(その内容や深さ、展開の仕方など)は、良好なコミュニケーションを支える重要な要素の一つと考えられていることが分かります。また、異なる社会文化的背景を持つ人々のあいだでは、何を適切な自己開示とみなすか、その期待が異なることも予想されます。
日本語と他の言語における自己開示の違いについては、自己開示と関連して調査の対象となりやすい初対面会話に関する過去の研究をもとに考えてみたいと思います。今日はその内容は、みそかにさせていただいて、明日お話しします。お楽しみに・・・。
参考
全 鍾美 (2010). 初対面の相手に対する自己開示の日韓対照研究 : 内容の分類からみる自己開示の特徴. 日本言語文化学会論文集, 13(1), 123-135.
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