#9 はやく正確に記述する
朝ドラ『あんぱん』で、ヒロインののぶが猛勉強の末に速記法を身につけて記者になるシーンがありました。きっかけは、亡き夫が生前に速記で残したメッセージ。最初はただのふにゃふにゃした線や丸にしか見えないのに、一つひとつ読み解いていくと現れた言葉が・・・
「のぶへ 自分の目で見極め 自分の足で立ち 全力で走れ 絶望に追いつかれない速さで それが僕の最後の夢や」
涙ほろり。しかも、自分だけが読める形で残された言葉だからこそ、いっそう胸に響く気がします。
この話を思い出したのは、昨日、裁判所の速記官の養成について伺う機会があったからです。速記者になるひとつの方法として、養成所に2年間通った後、研修生として半年間の下積み経験をするとのこと。ドラマに出てきた手書きの速記とは違い、法廷では21個のキーが付いた専用電子タイプライターを使うそうです。
速記官は法廷内に私服姿で座り、計21個のキーが付いた専用電子タイプライターで符号を打ち込む。多くの場合、接続されたパソコンの専用変換ソフトで瞬時に漢字やひらがなに変換され、速記録となる。1分間で最低180語を記録する速度が必要だ。
聞いたお話では、手書きの速記法は人によって差が出てしまうけれど、タイプライターを使う方法なら個人差がなくなるのだとか。最初は「他の人に読めないことが大事なのかな?」と思ったのですが、やっぱり一番求められているのはスピードだそうです。さらにただ録音するだけではなく、その場の空気や話者の表情まで捉えて記録できるのが速記官の強み。記事にもこう書かれていました。
話者の口元や表情を注意深く観察し、言葉の間も「…」などと記録。臨場感ある記録は速記録の強みとされる。ある民事訴訟では、事故の後遺症で動けない人の自宅で尋問に臨み、かすかな声を聞き取った。女性は「録音では難しかったと思う。確実に記録できるのは速記官ならではと感じた」と強調する。
こうして見ると、速記は単なる文字起こしではなく、音声・表情・間合いといった複数の要素をマルチモーダル的にすくい取る営みなのだと思います。だからこそ、録音機械には出せない生の臨場感が記録に残るのだと感じました。
とはいえ、速記官の人数は年々減っていて、参院では手書き速記がすでに廃止、衆院でも新たな養成は行っていないようです。
効率や機械化が進む時代だからこそ、速記官のように場の空気ごと記録する存在の大切さを感じます。社会言語学的にいえば、言葉は文字だけではなく、場や関係性などの文脈と切り離せないからです。
そんな話を聞いていたら、私も速記を少し勉強してみたいなと思いました。自分の感覚を通して、言葉の微妙なニュアンスを記述・観察することが、コミュニケーションや人の理解において大切だと思うからです。
参考
時事通信:「裁判所速記官の養成について」(速記者になるには養成所2年+研修半年前後が必要)
リンク:https://www.jiji.com/jc/v4?id=20210723seikaiweb0001
毎日新聞:「手書き速記、参院廃止 衆院でも新養成なし」
リンク:https://mainichi.jp/articles/20231229/k00/00m/010/240000c
公益社団法人 日本速記協会:「速記とは」(速記の概要とマルチモーダルな特性について)
リンク:https://sokki.or.jp/manabu/about/
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