#5 屋号で呼ぶ
お盆の話を続けます。
13日から15日にかけては、新盆(あらぼん・しんぼん)で、祖父の家には多くの方が次々と訪れました。誰がいつ来るのか分からず、少々慌ただしそうではありましたが、皆が祖父を偲び、思い出を語り合う姿はとても温かく感じられました。
その傍らで、私は天ぷら饅頭をいただいていました。飯田市のホームページによれば、これは霊前にお供えして時間が経ったものを、もう一度おいしくいただく工夫から生まれたものとのこと。由来を知ると味わいもひとしおです。
今回、特に印象に残ったのは、来てくださった方々の名前を確認する際に、伯父や祖母が、その方(の数名)を名前ではなく「屋号」で呼んでいたことです。子どもの頃から耳にしていたため特に意識していませんでしたが、その背後には地域や家の歴史、コミュニティの成り立ちが深く関わっているようです。
岡野(1982)『屋号語彙研究ノート』には、次のように述べられています。
村落の小集落内では、家々を呼ぶのに、姓を言わずに通称を言う所が多い。同姓の多い集落では、姓では家々を弁別しかねるためである。また同姓がさして多くなくとも、姓をもつ以前から呼びなれた通称のほうが、何やらしっくりする、姓で呼ぶのは格式ばってよそよそしい、といった心情も、村の人々にはある。集落内における家の通称は、通常、その家の一特徴-たとえば戸主の名、職業、あるいはその居住場所-を言う。したがって、その特徴に変化が生じれば、その通称も変わると考えられる。事実、そのように、流動的な通称で呼んでいる集落もあるが、一方には、いったん命名された名を固有名詞として、家の実態にかかわりなく伝承している集落も多い。(p.189)
また、金沢大学の成果報告書(2012)でも、
武士や許可を受けた豪商・豪農以外には名字(姓)を公称できなかった江戸時代までの地域社会で、家を呼ぶための通称として通用していたものを指す。
岡野は重ねて「屋号が実用価値を有しているのは、同姓の多い集落である(p.198)」と述べており、まさに祖父母の地域がこれに該当します。実際、祖父母の家は「中屋」、周囲には近江(おうみ)屋、鍛冶屋、二軒屋があります。これら四軒は、同じ苗字の家が二軒ずつという構成になっています。
岡野は屋号語彙を「社会生活語彙」と呼び、そこから村落文化の実態を明らかにしようとしました。また、金沢大学の成果報告でも「個人ではなく家、家族に通称として付与された屋号は、家中心の生活が営まれていた時代の名残」と述べられており、呼び名からその地域の歴史や暮らしが見えてくると思うと、なんだかワクワクしてきます。
お盆という期間は、その地域のアイデンティティとなることば・食・地域・人の在り方を凝縮して見せてくれたような気がします。こうした言語人類学的な探求も、これからの楽しみにしていきたいと思います。
参考
岡野信子(1982)「屋号語彙研究ノート」『国文学攷』66、広島大学国語国文学会、pp. 189-193.
金沢大学(2012)「方言を理解・伝承するための『白峰方言検定』の実施と、白峰地区における屋号の記録と言語学的整理と分析」地域課題研究ゼミナール支援事業成果報告書、pp. 1-6.
https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/bon.html
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