#2 往復書簡形式についていま考える
先日、銀座のとあるお店で『銀座百点』という雑誌に出会いました。どのような雑誌かというと、
創刊は1955(昭和30)年。渋谷や新宿の台頭に危機感を募らせた銀座の100の専門店が前年に結成した「銀座百店会」が、街の魅力を発信しようと発行した。発行部数は約6万部で、加盟店が原則500部ずつ買い取り、得意先に贈ったり、店先から持ち帰ってもらったりするのが特徴。
(朝日新聞 2021.10.14 https://www.asahi.com/articles/ASPBG43HWPBDUTIL03J.html)
帰りの電車でパラパラと読みながら特に気になったのは「往復書簡」のページ。その冒頭のやりとりがとても温かくて可愛らしい。
和子っぺ!可愛いお手紙有難う。神をも恐れぬ私の失言を許してくれて嬉しいです。とはいえ、私のアッケラカン頭は、何を失言したのかすでに忘れかけているのですが。
(2025年8月号No.849 p.28)
思わず前の号が気になって、7月号もいただいていたので中身を見てみると、
五月号に私がプンプン怒って、六月号でアナタが、ゴメンゴメンと返事をくれて、これって今の時代、ありえないゆっくりさ。可笑しくなって、一人で笑ってしまいました。アナタの「アッケラカン頭」には何度も驚きましたが、それでも好き!仲良くしてくれて有難う。
(2025年7月号 No. 848 p.34)
なんという平和的なやりとり・・・。私は7・8月号しか見ていないし、内容は当の本人たちよりもサッパリなのですが、思わず腹が立って言い合ってしまうことも、このぐらいのスピードで進めばさほど問題にならないし、むしろ可笑しくなりさえするということに、色々なコミュニケーションのヒントが隠されているなと思いました。
どのぐらいの速度で、どのような人がやりとりを見ているかは、どこまで本当に思っていることを言えるのか、あるいは伝えるのかという選択に大きく関わってくるように思います。
ソーシャルメディアでの炎上は、適切な謝罪などを挟めば2~3週間ほどで収まることが多いそうです。でも、往復書簡だったら、そのあいだにまだ返事すら届いていないこともあるわけで、その途中で言い合いがエスカレートし、マスメディアなどが世論(public opinion)として取り上げてしまう可能性もあります。そう思うと、この速度差はやっぱり怖いなと感じます。往復書簡のように時間をおいて振り返ってみると、最初に抱いた考えをすっかり忘れてしまうこともあります。残っている考えを"本物"とするなら、瞬間的で感情的なものは「意見(opinion)」というよりも「世情(popular sentiment)」に近いかもしれません(大谷 2016, 佐藤 2008による、「輿論=公的意見」「世論=大衆感情」を参考に)。
往復書簡について考えていたら、瀬戸内寂聴の『あきらめない人生』の中で、偶然その言及に目が留まりました。別の著作『わが性と生』を、現在の自分と過去の自分、「私の中の二人の」往復書簡形式で書いたという紹介でした。自分のことでさえも、ずっとたって振りかえったら別人で、しかも対話の相手になり得ると思うと、ゆっくりした時の流れの中で自分の(相手の)意見も醸成されるのではないかと思いました。
ただ、時代の波にも追いついていかねばならないし、今を面白く過ごしたい気持ちもあるので、いま特有の即時的な瞬間の中で、往復書簡的なやりとりも取り入れつつ、私なりのコミュニケーションを心がけていきたいと思う今日この頃です。
出典
朝日新聞(2021年10月14日)「銀座百点」https://www.asahi.com/articles/ASPBG43HWPBDUTIL03J.html
佐藤卓己(2008)『輿論と世論―日本的民意の系譜学―』新潮選書
大谷卓史(2016)「過去からのメディア論 炎上とマスメディア: 最近の定量的研究を読み解く」『情報管理』59(6), 408-413
田代光輝・折田明子(2012)「ネット炎上の発生過程と収束過程に関する一考察〜不具合に対する嫌がらせと決着による収束〜」情報処理学会研究報告 EIP, 2012(6), 1-6
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