#133 雑談のベクトル
前回の記事で紹介した『雑談の美学』の中で、堀田(2015)は、雑談をどのように判別するかという点について、Grice(1975)の協調の原理を「雑談度を見極める指標として援用」しています。協調の原理は、「関連性」「質」「量」「様態」の4つの公理から成りますが、堀田はこれらを雑談の分析に即して整理しています。
まず、関連性の公理は「話題と関連があることを話しているかどうか」、質の公理は「真実ではないとすぐにわかることを言っていないかどうか」を指します。量の公理は、「適切な量で話しているか」、つまり無駄に話しすぎていないか、あるいは必要とされる情報量が不足していないかという点です。そして様態の公理は、「適切なスタイル、レジスター、コードなどで話しているかどうか」に関わります。
堀田は、これらの公理のいずれかが違反された場合に、その発話は雑談、あるいは「雑談的な話」と判断されうるとしています。ただし、公理に違反したからといって、必ずしも雑談になるわけではない、という点については注意書きもなされています。
分析に用いられているデータは、2005年から2009年にかけて、全国の裁判所・検察庁・弁護士会が合同で行った法曹三者合同模擬裁判員裁判、および弁護士会主催の模擬評議における評議のデータです。たとえば雑談の例として挙げられているのは、裁判官が事件とは直接関係のない自身の話を持ち出す場面、いわゆる自己開示です。これは関連性の公理の違反にあたりますが、同時に、制度的な場の硬さを和らげ、他の会話参加者との親近感を高める効果があることも指摘されています。
さらに興味深いのは、分析手法として、社会学や心理学でよく用いられる「コミュニケーション・ネットワーク」が採用されている点です。これは、会話参加者同士のコミュニケーションのベクトルを可視化する方法で、雑談的発話が多く観察された議論では、そのベクトルが複線化していることが示されています。裁判長が司会となり、各裁判員と一人ずつ順番にやりとりするような「単線型」の構造とは異なる点が特徴的です。
以下の図は、北村(2020)が取り上げていた堀田(2009)の図を参考として添付したものです。
さらに堀田は、雑談とコミュニケーション・ネットワークの複線化との関係について、雑談の結果として複線化が生じるのか、それとも複線化が成立しているからこそ雑談が起きるのかという因果関係は、必ずしも明確ではないとも述べています。ただし、裁判長が積極的に雑談を取り入れている評議体では、全体として場の雰囲気がリラックスしていることが観察されており、その点を踏まえると、雑談と複線化のあいだには、単なる偶然以上の関連性があると指摘されています。
私自身も、上の図の左のようなコミュニケーションが、授業の中でも、あるいは飲み会の場でも自然に立ち上がるような空間をつくれたらいいなと思います。
参考
北村隆憲 (2020) 裁判員評議における発話行為の 「類型」 と 「位置」-「法と言語」 研究への相互行為分析からの寄与. 法と言語, 5, 1-24.
堀田秀吾(2009)『裁判と言葉のチカラ―ことばでめぐる裁判員裁判』ひつじ書房.
堀田秀吾 (2015) 法コンテクストの雑談. 村田和代 [編]『雑談の美学』ひつじ書房.
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[雑談] [協調の原理] [コミュニケーション・ネットワーク]