#129 ポライトネスについて(1)
ポライトネスについて、あれこれ読み漁っています。そんな中で、『月刊言語』に掲載されている宇佐美(2002)の冒頭の説明がとても分かりやすかったので、ここにまとめておきたいと思います。
宇佐美は、ここで言う「ポライトネス」を、「円滑な人間関係を確立・維持するための言語行動」すべてを指すものだと定義しています。
この定義が示唆的なのは、ポライトネスを「丁寧な言葉遣い」そのものと切り離して考えている点です。たとえば、「タメ口」であっても「ジョーク」であっても、相手が不愉快に感じず、心地よいと受け取るのであれば、それはポライトな言語行動である。一方で、言葉遣いとしては丁寧でも、どこか感じが悪く不愉快に思われる「慇懃無礼」な言語行動は、文字通り「無礼」であり、「ポライト」とは言えない。
つまり、ここで問題にされているのは、「対人コミュニケーション」における言葉遣いというツール自体の丁寧度ではなく、そのツールが実際にどのような効果をもたらしているのか、すなわち、そのやりとりが相手にとって「心地よいものになっているかどうか」なのだ、という点です。
さらに宇佐美は、これまで多様に分析されてきたポライトネス研究のアプローチを、大きく4つに整理しています。
1つ目は、言語形式を重視する「規範的捉え方」です。これは主に初期の研究に見られるもので、日本語研究における質問紙調査を基にした敬語研究などがここに含まれます。ポライトネスを、主として言語形式の問題として捉える立場です。
2つ目は、語用論的捉え方の中でも、「会話の原則としての捉え方」です。Lakoff(1975)やLeech(1983)などが代表的で、ポライトネスを単なる丁寧度の問題ではなく、語用論的側面から説明しようとします。ただし、会話の原則のような形にまとめられることで、結局は規範的な枠組みから抜け切れず、ダイナミックな理論にはなり得なかったとも指摘されています。
3つ目は、「フェイス保持のためのストラテジーとしての捉え方」で、Brown & Levinson(1978, 1987)が代表例です。対人相互行為のダイナミックな側面を捉えられる点は大きな強みですが、フェイスを脅かしているようには見えない言語行動におけるポライトネスを説明するのが難しいという問題も抱えています。
そして4つ目が、「会話の契約としての捉え方」です。Fraser(1990)は、日常のポライトネスを、ある種の「会話の契約」に違反しない行為として捉えています。
参考
宇佐美まゆみ(2002)「連載:ポライトネス理論の展開(1–12)」『月刊言語』31.
Brown, P., & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge: Cambridge University Press.
Lakoff, R. (1973). The logic of politeness; or, minding your p’s and q’s. In C. Corum, T. C. Smith-Stark, & A. Weiser (Eds.), Papers from the Ninth Regional Meeting of the Chicago Linguistic Society (pp. 292–305). Chicago: Chicago Linguistic Society.
Leech, G. N. (1983). Principles of pragmatics. New York: Longman.
Fraser, B. (1990). Perspectives on politeness. Journal of Pragmatics, 14(2), 219–236.
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