#128 気配りの公理
Leech(1983)の Tact Maxim(気配りの公理) について、まだ理解の途中ではありますが、学びの経過としてここにまとめておきます。
Leech は、Grice の Cooperative Principle が、命題的意味、すなわち what is said や what is implicated(i.e., sense)の解釈には有効である一方で、なぜその言い方が選ばれるのか、すなわち politeness や indirectness、rhetorical choice(i.e., force)を十分に説明しきれないと考えています*。その点について、Leech は次のように述べています。
It is now necessary to consider what other principles and maxims must be postulated in order to explain the relation between sense and force in human conversation.
こうした問題意識のもとで、Leech は Politeness Principle を導入し、その中でも、英語話者のポライトネスを考えるうえで特に重要なものとして Tact Maxim を位置づけています。論文の中でも、次のように述べられています。
I shall first of all explain this with reference to what is perhaps the most important kind of politeness in English-speaking society: that which is covered by the operation of the TACT MAXIM.
Tact Maxim が対象とするのは、Searle の発話行為分類でいう directive(依頼・命令:ordering, commanding, requesting, advising など) や commissive(申し出・約束:promising, vowing, offering など) です。これらはいずれも、命題内容 X の中に「誰かが何らかの行為を行う」という要素を含みます。この行為を、Leech は行為 A と呼び、話し手(s)または聞き手(h)にとっての 負荷(cost)や利益(benefit) の観点から評価できるものとして捉えています。この命題内容 X は、COST–BENEFIT SCALE(コスト・ベネフィット尺度)の中に位置づけられると考えられます。
たとえば、同じ命令形であっても、聞き手 h にとって負荷が高い行為であれば less polite に感じられ、逆に h にとって利益になる行為であれば more polite に評価されます(以下の図)。形式が同じでも、内容によって丁寧さが変わる、という点が重要です。
さらに、命題内容 X が同じ場合でも、より間接的な表現を用いることで、選択の余地(optionality) が広がり、発話の力(illocutionary force)が弱まると考えられています。その結果として、ポライトネスの度合いが高まる、というわけです(以下の図)。
こうして見ると、Tact Maxim は、単に丁寧な言い方を形式として定めるものではなく、相手にとっての負担をどう見積もり、それをどのように言語的に弱めるかという点に注目した原理だと言えそうです。
*Leech(1983)は、Grice の協調の原理が発話の sense と force を区別する視点を与えた点では重要であると評価している。"The CP is exemplary in that it shows a division of labour between the SENSE of an utterance and its FORCE."(この点についてはまた今後しっかりと理解を深めたい。)
参考
Leech, G. (1983). Principles of pragmatics. London: Longman.
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[ポライトネス][発語内効力(illocutionary force)][気配りの公理 (Tact Maxim)]