#121 友人でも後輩でも
社会言語学の授業でポライトネスを扱っていたのですが、井上(2021)は「第1章 英語は『独立』志向である」の中で、助言の場面に注目していました。例として挙げられているのが、『千と千尋の神隠し』でリンが言うあの勇ましいセリフ、「いま釜爺のところに行かねえほうがいいぞ」です。しかし字幕では、"I wouldn't go right now(私だったら今は行かないなあ)" と訳されています。
"You shouldn't go" と強く言ってもよさそうなのに、なぜこうなるのか。井上は、「釜爺のところへ行く」というのは千尋自身の「個」としての独立した意思であり(実際その前に千尋本人が I'm going to see Kamajii. と自己主張しています)、そこにズカズカ踏みこまず、「私だったら行かない」と間接的に助言している姿勢が現れていると述べています。
ここでは書かれていませんが、湯屋の先輩が新参者の千尋に助言する場面なら、もっと強く言ってもよさそうなのに(You shouldn't... のように)、そうしないところに、相手の領域に踏み込まない、お互いの独立を尊重する文化が強く感じられると思いました。
そして、この「間接的な助言」という特徴は、私自身が大好きなドラマ The Bold Type にも見られます。ニューヨークのファッション雑誌 Scarlet で働く 20 代後半の女性3人(Jane, Kat, Sutton)は部署は違うものの、同期でとても仲良しの友人同士です。取り上げたいのは、Kat が「記事を取り下げる」と言ったイスラム教徒でレズビアンの写真家に対し、もう一度掲載してもらえるよう説得しに行く、と友人に話す場面です。
Kat: I'm gonna persuade that artist to be in the magazine.(字幕:写真家を説得してくる)
Sutton: Oh no, Kat. I would let it go. (字幕:キャット やめて)
字幕では「やめて」とかなり強い口調の助言になっていますが、英語では "I would let it go(私なら放っておくな/流すな)" と、あくまで「自分ならこうする」とだけ述べていて、相手の領域に踏み込まない助言になっています。これは千尋に対するリンの発言と同じ構造です。
友達同士でも、後輩に対してでも、「独立」は等しく守られている。英語のコミュニケーションの根底にある、この姿勢がとても興味深いと改めて感じました。
参考
井上逸兵 (2021) 『英語の思考法―話すための文法・文化レッスン』ちくま新書
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