#118 カタカナ語と社会
祖父の一周忌で長野に来ています。祖父はかなりの記録魔で(その傾向は父にも受け継がれているのですが)、地域の歴史だけでなく、自分史まできちんと文書化し、ファイルにまとめていました。80を過ぎてもその姿勢は変わらず、夕方まで農作業をしてから、夜遅くまでパソコンを打つ音が聞こえてきたのをよく覚えています。
そんな祖父の本棚で、三省堂の『現代外来語辞典 特装版』(1981年)を見つけました。はしがきには、
「明治時代以降、日本が西欧を中心とする外国の文化の精力的な摂取を始めてから、すでに百十余年の歳月が流れました。この間、文化の流入とともに多くの外国語が、カタカナに置きかえられた形で日本語の新しい語彙となり、学問、芸術、生活などさまざまな分野に定着してきました。(中略)外来語辞典の存在意義は、このような国語辞典の枠を超え、さまざまな分野における使用実態を見定めた上で、もっぱら外来語をとりあつかう点にあるといえましょう。」
とあり、当時の言語観が感じられてとても興味深いものでした。
辞典には、見出し語、表記法、原語、語義、専門分野・位相、借入時代(奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸・明治・大正・昭和2-20・現代:昭和21-)などが丁寧に示されています。はしがきでも明治以降と書かれていることもあり、ざっと見たところ、外来語の多くは現代・昭和・明治に入ってきたものが目立ちます。また、語によっては意味が広がっているものもあり、たとえば「スクリプト」は、
手稿、手書きの原稿〈明〉
スクリプターの書いた記録〈大〉
脚本(特にテレビ番組用)〈現〉
と、時代によって焦点が変わっているのがわかります。もっと古い外来語を探すのは短時間では難しかったのですが、ひとつだけ江戸期に取り入れられた語として「オランダ獅子頭(金魚の一品種)」が載っていました。
一方、最近のカタカナ語はネットですぐに調べることができ、「アサイン」「エビデンス」「サステナブル」「タイパ」といったビジネス系の語や、コロナ禍で定着した「ステイホーム」「リモートワーク」などがすぐに見つかります。
井上(2024)の朝日新聞の記事「(論の芽)わかりづらいカタカナ語、なぜ使うの」では、言葉には情報を伝える機能だけでなく、「自分は何者なのか」を示す機能があることが指摘されています。ビジネスの世界でのカタカナ語は、顧客や同僚、上司に対して「今風の仕事の仕方を理解している」「その分野に詳しい人物である」ことを示す働きがあり、業界内の独自用語として連帯感を生む役割もあると述べられています。
また、「同意」「証拠」といった日本語を使わずに「アグリー」「エビデンス」と言うことで、意味をぼやかしたり、逆にビジネス的含意を強調したりする効果があるとも指摘しています。「ステイホーム」については、目新しさで注目を集めた一方で、すべての人が直感的に理解できたかという点では疑問が残ると言います。
こうして見てみると、時代ごとに新しい語が入り、流行し、定着したと思えば意味が少し変わっていく──カタカナ語を手がかりに言葉と社会のつながりを見ていくのも、なかなか面白そうだと感じました。
参考
三省堂編修所(1989)『現代外来語辞典 特装版』三省堂.
朝日新聞クロスサーチ 「(論の芽)わかりづらいカタカナ語、なぜ使うの 社会言語学者・井上逸兵さんに聞く」2024年2月2日 朝刊 オピニオン1 011ページ.
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